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□七
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松平片栗虎様の娘、栗子は、まさに難しいお年頃、思春期真っ只中といったところなのか、最初は父親の紹介というだけで挨拶すらされないかと思った。

やはり年頃の少女は父が憎らしくなるものなのだろうか、等と思いつつ、閉じようとされる扉に手をいれて防ぐ。


「せめて、挨拶くらいはさせていただけませんか、栗子様」


ぐいと軽く力を強めれば、彼女はようやく諦めて扉を開けてくれた。少女らしい部屋が視界に広がる。育つ環境が違えば同性でもこれほど変わるものかと感動した。

そこにずいっと一歩踏み出てくる少女の姿を捉える。栗子は私の顔を真っすぐに見上げてその目を吊り上げて言い放った。


「私はあなたを認めないでござりまする!お帰りくだされ!」


そのままものすごい勢いで閉じられようとする扉を必死に押さえ込み、引きつる顔のまま笑いかけてみた。予想以上にきついお嬢様のようだ。


「そうはいわれましても、私も仕事ですから。君が嫌ならば基本的に君から見えないところで君を守ります。私のように中途半端な女などに守られたくはないと思いますが、お願いです、栗子様。私に君を守らせてください」


最後のほうは最早懇願だ、このお嬢様相手に余力を残すことなどできるはずもない。そもそもあの松平様の娘なのだ、私は彼女を侮っていた。

扉を押さえたまま深い礼をすれば、不意に押さえられていた力が緩んだ。顔を上げると彼女は唇を尖らせほのかに赤らんだ頬を押さえながら、渋々私を招き入れてくれたのだった。


そんな顔合わせがあって早二週間。気付けばもう年越しもすぐ側に迫っていた。

真選組の屯所から出たため家を借りなければならず、そのことを松平様に相談すれば軽々と小さなハイツの一室を借りてくれた。そこ自体彼の邸宅に近いため、私も出勤に余裕ができ願ったり叶ったりの幸運転職である。


実に不謹慎だが、それに関しては情報を流してくれた高杉たちに感謝した。
高杉。それから黒い着物に左頬に傷があるあの男。

土方君と山崎君からは、彼ら二つに関する情報を流してもらうよう手配しているが、まだ何もわからなかった。やはり蛇の道は蛇。これはかよに頼んだほうが適切だろうか。

一人悶々と考えを繰り返すのはあまり得意ではなかった。忘れよう忘れようとしてやっと忘れたはずの記憶が蘇ってから、ますますその傾向は強まった。


けれど栗子の元で働くようになってから、特に仕事もない私に彼女はよく話し掛けてくれた。

どうやら一度懐くとそのまま懐いてくださるお嬢様らしい。天真爛漫とは言い難く、けれど今までに見たことがないタイプの彼女は、話していると心が楽になった。

これも、私が逃げているだけなのだろうか。


ねえ、沖田君。


目を閉じて、鮮やかに思い描く過去の記憶。その中で一際輝くのはあの姉弟のことばかり。

そして同時に思い出される彼の、欲情に塗れたあの赤い眼。

それが、苦しくて。

夜、眠ることができなくなった。

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