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□七
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誰も、何も言わない沈黙。それがひどく息苦しい。今だけでいいから、沖田君にいつものように軽々と罵倒して欲しかった。私の駄目さを指摘して、嘲笑って欲しかった。

そう考えている自分に思わず苦笑したくなる。恐がっているからって彼に救いを求めるなんて。

女としての性を自覚したからだろうか。私は弱くなった。

生きていたいと、望んでいるのだ。

高々一線、赤く彩られただけで、何を臆する必要がある?男は隻腕、私は両腕。昔は一度だって傷つけることができなかった男と対等に渡り合えているのだ、何を恐怖する?


馬鹿らしい。


ふと静かにその言葉が胸のうちへと滑り落ちた。馬鹿らしい、馬鹿らしい。

震えていた切っ先が、す、と定まる。その向こうで笑っていた男の表情が変わっていくのが見えた。唇の端を舐めて、うっすらと笑みを刻む。


馬鹿らしい。

死ぬのがなんだというんだろう。私を抱いてくれた彼に二度と会えなくなるのが怖い?嗤ってしまおう、そんな弱さなんて。

何のために私はここに立っている?世界が白銀に染まった日の夜、自身がさながら椿を咲かせたように立ったあの夜、誓ったのはなんだった?


私を抱き締めて泣いてくれた近藤さんを、信じたいと願った私は、偽者だというのだろうか。

違う、違う。

ここで死んだら私は嘘を吐くことになる。あんなにも長い間吐き続けていた嘘を、死んでも、死んでからもずっと。

そんな馬鹿らしいことなんて、許せるはずがない。


刀を持つ手は震えることなく毅然と、瞳はきっと狂女のようにぎらついて、私は立っている。死ぬためにではなく、生きるために。


「……俺がお前を怖いと思ったのはよ」


おもむろに発せられた言葉にぴくりと肩が動いた。絡み合う視線。わずかに顎を動かすことで先を促せば、男の眼差しが微かに揺れた。ほんの一瞬、さながら陽炎のように。


「父ちゃんから受け継いだその意志だよ」


ゆらり、と密やかに暗い炎が男の目の中で燃え上がる。それを凝視しながら、空気が昇華していくのがわかる。肌に触れる風が、痛い。


「以前嬢ちゃんが俺のここを斬ったときのことは覚えてないんだったか?」


とん、と男は刀を持つ手を緩く上げて自身の左頬を指す。そんなさり気ない仕草にすら隙はなく、私は目を細めて彼を見た。緊張感が、絡み付くように、身体を捕える。

男の唇が、緩やかに笑みを刻んだ。


その表情が、
どうしてだろう、
父の、厳しかった父の、
笑みに、重なって。


「今、手前は同じ目してる、って、知ってたか?嬢ちゃん」

「――……!!」


ぞわりと身体が震えた。泣きそうなほどの悲鳴が胸のうちに沸き起こり、痛みが身体を駆け抜けた。ああ、その顔で、そんなことをいわないで。


大好きな父のような優しい眼差しを、私に向けないで。


緩やかに浮かんだはずの笑みが消えていく。私の悪夢に、私の幸せな夢に、戻った男は、殺気を込めた視線を私に向けた。

そして彼は、凶悪に笑った。


「殺して、その目玉を抉り取ってやるよ、嬢ちゃん――?」


ザッ―――!


足の踏み出される音が、耳に大きく響く。相対する為に足を踏み出しながら、思う。


終わったら、まずは万事屋にお邪魔しよう。菓子折りを持って、雑談でもしに。新八君はお茶を用意してくれるだろう、神楽はきっと突撃してくるのだ。坂田さんは目を細めてお疲れといってくれるだろうか。

そうそう、かよの元にも行かなくちゃ。きっとあの甘い瞳を大きく見開いて、わずかにそれを潤ませてそっぽを向くのだ。よくまぁ死ななかったもんだねぇ、壱さん。声さえもリアルに想像できる。

真選組に顔を出したら、山崎君が出迎えてくれるだろうか。いや、きっとミントンでもしていて気付くんだろう。騒いだ彼の声で林やら友近やらがやってきて、土方君が引っ張りだされてくるんだ。そして私を見て、当然だろ、そういって、笑う。

ようやく、遅れて近藤さんが出てくる。きっとあの新八君のお姉さんにぼこぼこにされた帰りで、ああ、そうだ、私が抱きついてやろう。取り乱して、泣いてくれるだろう。あの人はそういう人だから。


それから、ミツバ。

ねえ、ミツバ。あなたが好きだよ。できることなら、あなたが土方君と幸せな家庭を持っているところが見たかった。それに鈍い嫉妬をしながら、邪魔をしにいきたかった。もっと大切にしたかった。


あなたのことを、私は好きでい続ける。



ミツバ、ねえ、だから。

あなたの弟を、もらっていくね。


背中に鋭い視線を感じる。乱れた姿態を掻き抱いたときのままの、甘い、愛しい視線が。


「総――」


小さく、呟く君の名前。私しか呼ばない君の愛称。


これが終わったら、ねえ。


君に、愛して欲しいんだ。











好きだよ、総。


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