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□七
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06



まさか携帯が鳴っているとは露知らず、どころかそんな危険なところに向かうことになるとは思ってもいない私は、かよに顔面から水をぶっかけられていた。


「あの、か、よ様……?」

「なんだい壱さん?水も滴る良い女っていうのは、まさにあんたみたいな奴のことをいうんだねえ。色っぽいよ」


煙管をくゆらせ紫煙を撒き散らしながら、かよは妖艶にくつくつと笑った。今までとんと萎えていた食指がつい動きそうになるのを押し留め、軽く顔を拭えば冷たい水が袖を濡らし色を濃くした。

改めて挨拶からやり直そうかと口を開けば、言葉を発する寸前に遮られた。眼鏡の奥の瞳がとろりと光る。


「あんたの情報を売り渡したよ」

「――っ誰に?」


私の情報は、かよと知り合った当初から既に取引の内容を頼み込んで定めてもらっていた。
幕府の人間が欲しがるならいくらでも、それ以外の雑魚にもくれてやれ、ただし多少大きなグループは、かよ自身の安全が守られそうにないのなら売り渡せ。

売り渡した、というのならそれはつまり、かよ自身が危険にさらされたということである。彼女の華奢な体躯を見回して目立った傷がないことを確認しながらも、動揺は押し殺せなかった。
かよは顔を歪めながら吐き捨てる。


「高杉晋助たち鬼兵隊」


二の句が継げないでいる私を知りながら、彼女は厄介そうに煙管を吸い込んだ。


「……ねえ壱さん。私ゃあんたをこの上なく愛してるよ。でもさすがにこれはまずいと思ってね」

「抵抗したとは言うなよ?」


思わず机越しに腰掛ける彼女の肩を掴んで声を荒げれば、かよは苦笑しながら首を横に振った。


「まさか。身の程は知ってるさ。丁度いい用心棒もいなくなっちまったしねえ……」


ちらりとこの間までは神威が座っていた場所を見やり、それからふわりと紫煙が吐き出され甘い香りが漂った。手を離すよう目で促され、渋々それに従えば、彼女は柔和に微笑んだ。


「ほんの少しだけ情報を曲げといたんだよ。せめて奴らの目に留まらないように、あの組織を崩壊させたのはあんた一人の仕業ではなく、他に数人味方がいたってね。そいつらも適当に真選組あたりを引っ張っておいた」

「それは……」


もう既に鬼兵隊本人たちと一度ぶつかっている身としては、あってもなくても変わらないような情報操作だ。でもそれなら、多少誤魔化すことができる。


「ありがとう、かよ様。どうにか猶予はできたようです」


ほっと安堵しながらそう笑えば、彼女は鷹揚に頷く。


「それならそれでいいんだよ。あと壱さんの今の所在地を知りたがっていたけれど、屯所くらいしか知らないからねえ、適当にかわしておいたよ」

「君には助けられてばかりですね、情けない」

「これくらいしか力になれないからねえ、嫌になるよ。あのガキはどうだい?」


やはり彼女は知っていたのだろう、沖田君の感情を。その眼を見ながらようやく悟る。いつも私ばかり気付かぬところで何かが起きている。

かよの緩やかに波打つ髪を一房掴み、甘く口付けてから微笑んだ。


「かよ様、私は誰のものにもなることなく」

「逝きますよ」

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