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□七
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軽い戯れのつもりがまた水をぶっかけられそうになり、彼女がこれ以上激昂するのを避けるため、早々に退出することにした。
この冬空水をかけられて風邪をひきかねないと思ったのか、小袖を貸してくれた。着流しがいくつかあるのにも関わらず、小袖である。似ても似つかないと思っていたが、存外沖田君あたりと思考回路が似ているのかもしれない。実に腹立たしい。
すっかり伸びた髪を軽く後ろで結わけば、どこからどう見てもただの女である。ただし腰にある黒い鞘がやたら手慣れたようにそこになければ、の話だが。
「さて、どうしようかな……」
本当なら誉にもう一度会って改めて謝礼をしなければならないとは思うのだが、連絡をしてももう携帯を解約してしまったのかいっかな繋がる気配を見せない。ある意味徹底した職人芸だった。
金の振り込みは済んでいることを考えれば、やはりしつこく会うことは避けるべきか。従来の立場なら彼女もしょっぴく対象なのだ。
軽くため息を吐いて、またたかられることを承知で覚悟を決める。改めて会いに行くまでもないが暇潰し相手にはなってくれそうだ。和菓子屋で手土産を購入し、彼らの住む家に向かう。ここからそう遠くはない。
いざ歩きだそうとしたときに、突然背後から何かに突撃された。掴んでくるその手を引き剥がしながら、思わず苦笑しつつ振り返る。
「神楽、痛いよ」
「騙してた罰アル。しかもなんで着物着てるアルか?」
ぱっと顔を上げた桃色の髪を撫でれば、青い双眸が私の衣を見て不思議そうな色を灯した。
答えようとするときに、向こうから追ってくる定晴と新八君、それから坂田さんに気が付く。
手にスーパーの袋があるということは一家総出でお買い物か。仲が良くて何よりだ。
「あれ、斎藤サンじゃん。元気?」
「こんにちは壱さん。お出かけですか?」
「こんにちは、新八君坂田さん。ちょうどそちらにお邪魔しようとしていたところですよ。あ、これ菓子折りどうぞ」
「あ、わざわざご丁寧にありがとうございます」
新八君に持っていた菓子折りを手渡す。さて困った、用事がすべて終わってしまった。
「にしても何であんた女もん着てんの?やっとしおらしくなっちゃう感じ?」
頭をかきながら坂田さんが尋ねてきて、新八君がそれをたしなめるように慌てていた。これではどちらが大人かわからない。
「ちょっ銀さん失礼ですよ……!」
「ああいえ構いませんよ、新八君。しおらしく、というかたまたまです。先ほど痴話喧嘩をして水をかけられてしまいまして」
「それたまたまじゃないでしょう!!水かけられるってどんだけひどいことしたんですか!!」
「眼鏡うるせーアル」
新八君と神楽がぎゃあぎゃあ言い合う横で、坂田さんは呆れたように顔を歪めていた。
「まさかその相手女じゃねえよな?」
「いえ女人ですが?……っあ!」
そうだそもそもこの人に彼女のことを聞こうとしていたんだった。
「あの、誉さんは今どちらに?」
「仕事終わったつって電話きて終わりだな。あいつとは一回分しか契約してねーから」
それもそうか。仲介人とその手の仕事を請け負う者とは、やはり親密すぎるのも考えものなんだろう。
苦笑しながらうなずく。ならば本当にやることがなくなってしまった。
「わかりました、ありがとうございます」
「ん。なんかあったらいってな、顧客扱いしとくから」
「顧客とは違う気がするんですけど銀さん……」
「壱、また奢ってネ!!」
「嫌だよ……。それでは」
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