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□七
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「さてそれでは参りまするか!!」


るんるん声を隠しもしない隣の少女に、堪えていたため息が漏れた。いやもちろんそれで構わない。楽しむのは大事なことだ、それがどんなことであるにせよ。

彼女は私のため息を敏感に聞きつけ、きっと咎めるような視線を向けてきた。これがもう少し色っぽい女だったなら興奮もできようが、いかんせん栗子は幼すぎる。

ぞくぞくするどころか萎える。というよりはいはいといって頭を撫でてやりたくなる。


「楽しそうなところ大変恐縮ですが、私は楽しくありません」

「可愛くないことおっしゃいまするな、私は楽しいでする」

「君がそうでも……、ああもう何もいいません、私は君に従います」


愚痴めいた言葉を漏らしかければまたじろりと睨まれたので、渋々言葉を飲み込んだ。憂鬱極まりない。

何がそんなに憂鬱かと問われれば、答えは簡単に弾き出せる。今の格好が嫌なのだ。

松平様を説得することは成功した。
かなり渋々で、しかももし栗子に悪い虫がついたら、その害虫より先に私は死ぬらしい。それから当然だが栗子の身の安全を確実に守れ。これまた彼女にかすり傷一つできようものなら私は死ぬらしい。


それから「斎藤壱」という真選組の隊士だった人物とはわからないようにしろ、とも。私の女好きはある程度知られているのだ、もしそんな女が彼女の側にいたら、手を出されていると勘違いされるのは至極当然の流れだろう。嫁入り前の少女にそんな不名誉な噂は避けなければならない。

というわけで、ならば色の違う着流しでも着て髪も染めてしまおうか、そう考えていたとき、自室に閉じこもっていた彼女が部屋を飛び出してきたのである。とっさに彼女を抱き締めれば、手に持っていた丈の短い小袖を突き付けながら、一言。


「着ていただきまする」


そこで初めてあの親子が仲良く微笑んでいる図を見た。正直いって二人とも殴りたくなったのは当然のことだろう。

押しに押され給料アップまでちらつかせ、かつ行きつけのキャバクラの割引券を押しつけられ、それでもまだ首を降らなければ栗子には泣かれて松平様に恐喝された。恐喝どころか半殺しにされた。


そして今、会場らしき巨大な都内のタワーのホールで、私はおめかしした栗子の隣で居心地悪く立っているわけである。そもそも女にしては長身の私が、短い丈の小袖を着るなんてあり得ない。いやもう嘘ではなくて、真剣に。

おかげであまりの痛ましさにだろうか向けられる視線の数に、涙さえ滲んできた。いや実際にではなく心の中でだが。

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