風が頬を撫でていった。死臭の混じる生ぬるいそれの気味悪さに、眉をひそめながら振り返る。なぜか俺は小高い丘の上にたっていて、あたりには霧が立ちこめていた。
視界のずうっと奥に、大切な人の姿が陽炎のように揺れていた。
「姉上!」
手を伸ばし足を踏み出しても、霧は鉛のようにへばりつく。名前を呼びながら、彼女のほうへと動かない俺の足を恨み、泣き出しそうに叫ぶ。なぜか視線が低くなり、俺は子供のように顔を覆って泣きだしていた。
「あね、っうえ……あねうえ、あねうえ……うっう、うぁあ……!!」
行かないで、行かないで行かないで行かないで。
がむしゃらなまでの望みが身を焼いた。苦しくて咳き込みながらも、彼女の姿を追い求める。いつまでもいつまでも追い掛けていたその人は、いつのまにか、今誰よりも恋しい人へと姿を変えていた。
俺の体は小さいまま、手を伸ばし、子供のままに泣き叫ぶ。
俺を、僕を置いて、行かないで。
「行か、ない、で」
姉上。
……壱。
「……行きませんよ、どこにも」
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