きれいだ。

そう告げたあなたの目に映っていたのは、本当に私だったのだろうか。
夜が来るたびに思い出す。

この自分の、きれいという麗句とは程遠い身体を、あの人が丁寧に抱いたこと。
傷付けようとするかのように睨むくせに、私の胸に頭をすり寄せて安堵したように息を震わせたこと。

あの人を守れるのは私だけだと、思っていた。
いつも強く狂ったように笑うあの人と、こんなにも繋がっているのは自分だけだと思っていた。

それは愛ではなかったけれど、ただの悲しい同情だったのかもしれないけれど。

でも兄さん。

あなたが私の白い左の乳房に刺した刺青の蝶のように、切り裂かれてしまった蝶のように、私もあなたに切り裂かれてしまうのかしら。

それでもいいわと嘯くことはできない。でも、こんな別離になってしまっても、私はあなたを憎めないのだ。

ひくりと自分の腹が震えた。所々愛撫のあとの残る白い矮躯に、絵具をぶちまけたように広がった赤が震えて、脇腹を伝い布団を汚す。それを見ても、彼は顔色一つ変えなかった。


「兄さん……」


かは、と咳を交えて吐息を漏らす。その声にようやく彼はちろりと笑みを浮かべた。いっそ憎めたらと願わずにはいられない、この悪意めいた笑み。


「今、てめェは何を考えてるんだろうなァ」


あなたのことを。

くつくつと低い笑い声が上から雨音のように降ってくる。それをただ目を閉じて聞いていれば、不意に近くで吐息を感じた。


目を開けた。


「にい、さ、――っ」


そこにあったのは美しい片目ではなくて、青い澄んだ瞳だった。途端にどちらも白けたような顔をして、私は上半身を起こしながら彼を軽く手で押し返す。

夢の中の逢瀬すら満足にできないのか。


「邪魔よ」

「うなされてたから起こしてやろうと思ったのに可愛くないねィ」

「……起こそうとするついでに夜這いかしら。とんだチキンね。斬り込み隊長が聞いて呆れるわ」


肩をすくめて鼻で笑い、立ち上がる。隊服に手を伸ばしたのを見て、彼、沖田総悟も腰を持ち上げた。
そのまま部屋を出るのだろうという予測を裏切って、青年は襖を開けてふと振り返る。

殺気立った感覚に私が後ろを見やれば、わずかに瞳孔の開いた鋭い目が向けられていた。


「いつまで黙り続けてられっか、見ものですねィ、

高杉」


呼ばれた苗字に私はゆっくりと彼に向き直る。ばしんと閉じられた襖の先から漂うのは、軽蔑。


「……私は、あの人の妹なんかじゃないわ」


歌うように小さく漏らし、隊服に袖を通す。白い左の乳房に舞い踊るのは、赤い裂痕の痛ましい蝶。

自分のようだと、嘲笑う。いない人をひたすらに待って、愛しくもない相手をひたすらに待って、どうしてここにいるの。

臆病な私は置いて行くことさえできないから。


「 して頂戴」


お願いだから。



胡蝶の見た夢



胡蝶の夢、予告。






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