過去編
□04
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椅子の上にちょこんと座るレイナ。
メフィストはハサミを持ち、些か怪訝そうに彼女の後ろ姿を見つめている。
「…本当にやるんですか?」
「いいから、早くして。」
メフィストは息を吐き出し、彼女の長く美しい髪愛おしげに撫でた。
質のいいレイナの髪は、手にとれば逃げるように指の隙間を抜けて落ちていく。
「何だか寂しいですね。」
メフィストは少し躊躇しつつもその髪にハサミを入れた。
『髪を短くしたい』というのはレイナの要望だ。
唐突な申し出に、メフィストは一度反対したものの、断固としてきかないレイナに仕方なく彼が折れた。
それならば一流の美容師に依頼しようと考えたが、大の人間嫌いのレイナはそれを拒み、メフィスト自らが切るという話で納得させたのだ。
「美しい髪なのに、勿体無いです。」
「いいんだよ。どうせまた伸ばす。」
そうかもしれないが…、
「また随分急なのでは?」
メフィストが手を動かせば、髪が次々と床に落ちる。
まるで床を塗りつぶすように、髪が重なる所は黒く、黒く染まっていた。
「だって、アタシはもう"No.739"じゃないから。」
不意に漏らした彼女の言葉に思わず手を止める。
「これからは、"卯月レイナ"の人生を生きるから。」
過去の記憶を消すことは出来ない。
これから背負うものが重荷にならないように、
「少しでも軽くしたい。」
メフィストは、悲しげに彼女を見つめ、目を伏せる。
彼女が閉じ込められた日々を、
彼女が男を殺した光景を、
思い出して目を細めた。
まだ16歳の少女は、今宿命を背負わされ、これから始まる人生を切り替えようとしている。
望まぬ運命を持って尚、生きようとしている。
その姿を見て、胸が苦しくなった。
「…私を、恨んでいますか?」
ふとしたらそんな疑問を口にしていた。
彼女なら何でもわかっている気がした。
自分が裏で意図を引き、悪魔に取り憑かれていたあの男を放置していたことも、
全部レイナを手に入れようとしていた貪欲な自分にも、
何もかも、見透かされている気がした。
祓魔師になることだって、レイナの意志ではない。
自分が敷いたレールの上。
全て、自分がやりたいように、やっているだけではないか。
レイナも、自分の駒のように、掌の上で…。
「…アタシ、この名前好きだよ。」
レイナは小さく呟く。
「メフィストから貰った、この名前が好き。」
心に響く優しい囁きだった。
「別にメフィストが気にすることじゃない。アタシは、アタシの好きで此処にいるんだよ。」
「メフィストと一緒に、生きる為に此処にいるんだよ。」
思わず目を見開けば、彼女はうっすら笑みを浮かべこちらを振り向いた。
「だから、そんな顔しないで。」
決して嫌みな言い方ではなく、ちゃんとわかっているのだと、わかっている上でそう言っていることを理解する。
まだ幼い、まだ世界を知らない少女であるのに。
「私は、ッ」
何か言葉を発しようとしたメフィストの口は閉じられる。
一度切なげに眉を寄せ彼女の後ろ姿を見つめたが、直ぐにいつものように笑う。
「…これが終わったら夕飯にしましょうか☆」
彼女に自分の気持ちが悟られないように、気を紛らせたくて、再びハサミを動かした。
悪魔の心境変化
(どうしたら、貴女は幸せになれますか?)
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