お借り

□桜が咲く頃に 前編
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「卯月先生って、どんな人なんですか?」

「…は?」

いつになく真剣な表情でそう自分に訊いてきたあゆむに、ネイガウスは思わずそんな声をあげる。

あゆむが言った"卯月先生"とは他でもない、同じ講師の"卯月レイナ"のこと。

訓練も授業もないときに、いったい何を言うかと思えば…。

「一言でいうなら、"研究バカ"だな。頭の中6割方悪魔のことしか考えていないんじゃないか?」

「そうなんですか?」

「奴はあまり人間を好かないからな。人より悪魔と一緒にいる姿をよく見る。」

特に、いろんな意味であの上司といることが多い。

…これは蛇足だから口には出さないで置こう。

あゆむはそれを聞くと少し考えるような素振りを見せた。

「急にどうした?」

「…はい。先日卯月先生と廊下ですれ違ったのですが、少し不思議なことを言われまして…。」

「?不思議なこと?」

ネイガウスは湯気の立ち上る温かいコーヒーを啜りつつ、あゆむの話に耳を傾ける。

「見たことないような笑顔で、『卒業が楽しみだよ』と、言われました。」

「ぶっ!!?」

そして盛大にむせかえった。

慌てあゆむが『大丈夫ですか?』と訊いてくるがネイガウスにとってそんなことはどうでもいい。

あの馬鹿は生徒にまで手を出す気でいたのか…!?

ある悪魔の先祖返りで、特殊な悪魔の血をひいているあゆむ。

そう言えば数年前にあゆむの師とそのことで揉め事を起こし個人の問題どころか日本支部全体で大問題となっていた筈だ。

あの時はメフィストの説得でとりあえず収まったものの、まさかまだ諦めていなかったとは…!!

「い、いいか羽月、よく聞け…!」

「はい?」

「卒業と同時にとりあえず逃げろ。」

「え?それってどういう「いいな?」うぁ、はいッ!!」

真意を聞こうとしたが、すごい形相であゆむに言い聞かせるネイガウスに、訊くという選択肢は残されていない。

バチカンに及ぶまでの問題にならないことを、ネイガウスは心の底から願った。


* * *


…AM10:20

部屋の時計は当然の如くその時刻を指し示す。

午前中これといった用事がなかったレイナは、ぼうっと時計を数十秒程度見つめた後、ゆっくり起き上がり、まだ覚めない目をこすりながら欠伸を1つした。

春とは、だいぶ怠けてしまう時期だ。

黒のキャミソールに、短パンといういつも通りの簡素な服装は、寝起きのレイナと等しくだらしがない。

ボサボサに乱れる髪を掻き、まだ覚醒しきらない頭を動かしてベットから立ち上がり、畳んである衣服をとってそそくさと着替えにかかった。

「…随分と、遅い起床ですね。何も予定がないからといって不規則な生活をおくっていては身体に毒ですよ?」

キャミソールを胸のあたりまでたくしあげると、後ろから聞こえた声。

勿論ここはレイナの自室であり、他に人などいる筈がない。

わかりきった答えを確認するため、後ろに目を向ければ自分の予想通りの人物襲来。

刹那に有無を言わせず相手の鳩尾に蹴りをいれ、あまりの痛みに声にならない叫び声をあげた。

「…で、勝手に人の部屋に入って、いったいあんたは何がしたいのかな?"フェレス卿"。」

着替えを終える頃、レイナは改めてその場にうずくまるメフィストを見下ろす。

「何度ノックをしても答えないから心配になって入っただけです!何ですかこの仕打ちは!!」

「余計なお世話だよ。黙って人の着替えをジロジロと…。」

不機嫌そうに顔をしかめ、レイナはため息を1つつく。

半泣き状態で蹴られた箇所を押さえるメフィストは激しくデジャヴ。

「それと、先日の任務の報告書をいただいてません!」

「あー、ちょっと待て。」

乱雑な机の上を模索くるが、似たような書類が沢山あり、見つけることが困難。

因みにほとんどの紙面はメフィストの検診のカルテなどである。

漸く見つけた報告書にホッと息を吐きつつ、既に記述し終わっているそれをメフィストに手渡した。

「…はい、確かに。」

「ん。あと今日の診察は昼食とった後だから。」

レイナがそう言えば『わかってますよ』とメフィストは苦笑する。

髪をまとめ、白衣を羽織って眼鏡をかけるレイナはそこで、はたと我に返った。

「…ねぇ。」

「はい?」

「ナミキは?」

部屋を見回し、いつもはいる筈の小さな存在がいないことに気づく。

もういることも当たり前となっていた、あの子鬼の姿がどこにもない。

「?私が来たときにはもういませんでしたよ?」

「そう…。」

どこに行ったのだろうと首を傾げ、光の差し込む窓に目を向ける。




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