お借り

□後編
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* * *


「あ、危なかった…!!」

寮の自室のドアを閉めあゆむは安堵の息を漏らす。

しつこい鬼たちもここまでくれば追ってはこないだろう。

流れる滝のような汗を拭い、抱きかかえていた子鬼をそっと床に寝かせる。

「…とりあえず、応急処置くらいしないと。」

部屋の隅にある救急箱を引っ張り出し、消毒液と包帯を取り出す。

人と同じように処置をしていいものかと一瞬躊躇したが、何もしないよりはマシだと消毒液を子鬼の傷口にたらした。

子鬼は苦しそうな呻き声をあげ、しかし暴れることはせず、ジッとしている。

野生の悪魔なら襲うか威嚇するだろうに、どうやら人になれているらしい。

「いい子だね。」

あゆむは一通りの処置を終え、あゆむが優しく頭を撫でてやれば、気持ちよさげに鳴く。

はて、どこかで見たことのあるような…?

あゆむは記憶を探り、この子鬼のことを思い起こそうとする。

最近のことだと思うのだが、第一子鬼なんてそこら中に沢山いるわけで…。

そこまで考えてハッとした。

友達にはいないが、子鬼を常日頃から連れている人が、記憶上1人だけいる。

「…ひょっとして、卯月先生の子鬼?」

呟いてみれば、そうだと言わんばかりにナミキは元気よく鳴いてみせた。

どうりで見覚えのある筈だ。

なんていったってレイナの授業中にずっと彼女の頭の上に乗っているのだから。

教卓に立つレイナと共に覚えてしまっていた。

確か名前は"ナミキ"。

「どうして、鬼たちに追われてたの?卯月先生は一緒じゃないの?」

そう問うと、なんとも言いにくそうに俯いて答えない。

いつもはレイナから片時も離れることはないのに、たった一匹で外に出るなんて、信じがたい話だ。

だいたい子鬼は元々そんなに強い悪魔ではない。

この街がメフィストの結界によって立ち入りが制限されていたにしても悪魔として危険なのには変わりないだろう。

「…何か、理由があるのかな。」

相手の言葉がわからないことにここまで不便だと感じたことはない。

ナミキが鳴いたところでこちらには伝わらず、それがわかっているナミキは、寂しそうな声をあげる。

「…とりあえず、卯月先生のところに行こう。きっと心配してるよ。」

しかし、これにナミキは首を横に振った。

怒られることが怖いからかとも思ったが、そうではないらしい。

鬼たちに襲われたあの場所に、何かあるのだろうか…。

あゆむはナミキの様子を見、暫く考えにふけっていた。


* * *


…PM03:14

カランカランと、床に何かが落ちる音。

レイナが『あ』と小さく声をあげ、メフィストはそんな様子にため息をつく。

この様子、本日何度目だ?

落としたのは愛用のメス。

普段は落とすなどという単純なミスはおかすことはないのに、これでメスを落としのはメフィストが見ただけで、たしか三度目。

先程診察で使った聴診器を肩にかけ、もう使えなくなったメスを見下ろす。

メスのような刃物は一度落としてしまうと切れ味が悪くなる。

解剖するときにそんなものは使えない。

「レイナ。」

「わかってる、手が滑っただけだから。」

メスを拾い上げ、空いている銀色のトレイにそれをのせる。

本来診察は小一時間で終わるのだが、始まる時からいつも使っている聴診器がないと探し出し、書き出した書類を落として順番がバラバラに、おまけに書き込む場所と順番を間違えて1からやり直し。

おかげでいつもの倍の時間がかかってしまっていた。

それもこれも、あのナミキがレイナのもとに今だに帰らないからである。

朝から姿の見せないナミキがこの時間まで戻らないのだから、レイナが不安で仕方なくなるのも当たり前だ。

あれだけ気に入っていた子鬼なのだから。

「レイナ。私も一緒に探しますから、日が落ちる前に見つけないと、戻ってこれないかもしれませんよ?」

夜は悪魔の活動が活発になる。

ナミキは小さく、非常に貧弱な子鬼だ。

同属にやられる可能性もある。

「…やっぱりまずいよなぁ。」

頭を抱えて苦虫を噛み潰したような顔をするレイナはどうしたものかと最後の決断を迫られていた。

やむを得ないと思いつつ、部屋の出口へと視線を移す。

…コンコン。

そのとき聞いた、外側からのノックの音。

こんなときにいったい誰だと、不快感を露わにしつつ、扉を開く。

そして、目を丸くした。

暫く固まる彼女を見て、不審に思ったメフィストは、後ろから外の様子を覗き込む。

「!あゆむさん、どうしたんですか!?」

突然現れた訪問者は、なんと何故か泥だらけになっている羽月あゆむであった。

「…す、すみません卯月先生。本当は、もっと早く連れてくるべきだったんですけど…。」

そう言って、腕に抱える何かを持ち上げる。




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