お借り

□みんなでお鍋
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「は?」

帰りたい、むしろ帰らせていただきたい。

レイナは目の前の人物を見てそう思った。

ニコニコ堂スーパーマーケット、レイナがここにきた理由は、先程上司からきた一本の電話から始まる。


『今日の夕飯はお鍋にしましょう☆』

「…はぁ?」

『私個人的には寄せ鍋がいいです。あゆむさんも呼んで4人でしたいものですね。』

「ふざけるな。どれだけ買い出しの量があると思って…。」

『勿論、そのような大量の荷物を全てレイナに持たせるなんて、薄情なマネはしませんよ☆変わりの者に行かせますので、ご安心ください。』


メフィストがそんなことを言うものだから、てっきり屋敷の部下でも1人よこすのかと思っていた。

だが、そこで自分を待っていたのは全くの別者。

黒い神父服に身を包み、到底神父には見えない、顔つき。

相変わらず、使えなくなった片目は痛々しい。

流石に寒い冬場、首には白いマフラーが巻かれている。

こちらの視線に気がついたのか、男は顔を上げ、屈託のない笑みを向けた。

「おう。」

「…神父B。」

本人に聞こえぬよう、レイナは小さく呟く。

レイナのこの男への認識というのは、まるで物語の村人A、B同等のような扱いだ。

何故かと言われれば
理由はない、ただなんとなくだ(因みに神父Aは藤本)。

そして説明を付け足せば、レイナはこの男をあまり好いていない。

「メフィストにパシられてとんだ災難だな、神父さん。」

「誰があんな奴にパシられるか。お前を1人で買い出しに行かせるのが癪だっただけだ。」

それが本当かどうかはさておき、お前はアタシの保護者かと突っ込みたくもなる。

これは蛇足だが、この男実はレイナの一生徒でもあるあゆむの祓魔の師であり育て親。

あゆむには随分慕われているらしいが、よくこんな男に子育てなどできたものだ。

「…というか、お前その格好で寒くないのか?」

不意に男がそんなことを言うものだから、思わず自分の服装を見回した。

黒いVネックに、白衣を羽織ったいつも通りの服装。

つい先程まで実験をしていたものだから、そのままの格好で来てしまっていた。

確かに、時期を考えれば少し肌寒いかもしれない。

「そう思うなら、さっさと買い出しして帰るぞ。」

メフィストが買い出しにこの男を選出した理由はなんとなくわかっていた。

この男、顔に似合わず料理が得意。

レイナも料理に関しては特に苦手というわけではなく、メフィストの弁当を作ったりしている一面もある。

性に合わないが、彼とは度々料理を作ってお互い意見を出し合ったりしていることも多々あった。

勘違いされては困るから言っておくが、レイナは人間嫌い、当然この男に対してもそうだ。

「そっちにある白菜とってきて。」

「ああ、これか。」

「鍋のしめどうする?」

「雑炊でいいだろ。」

「じゃあついでに卵。」

…そう、断じて仲など良くはない。

断じて。


* * *


「…ヘックチッ!」

買い物を済ませて外に出ると、来た時より随分気温が下がっていた。

鼻を啜り、レイナは自分の持つ袋を持ち直す。

「大丈夫か?」

「…余計なお世話だ。黙って歩け。」

『クシュンッ』とまたくしゃみをして、やはりもう少し着込んでくれば良かったとつくづく思うが、後悔してももう遅い。

屋敷までまだ距離もあると言うのに困ったものだ。

こういう時に限って冷たい風が吹くのだから憎くて仕方ない。

冬は日が落ちるのが速いために、もう辺りはすっかり暗くなっている。

「…おい。」

「今度はなん」

不快感に表情を険しくさせ、隣を睨もうとしたら、言葉を遮るように、急に首に巻かれた温かいもの。

カサリとビニールが擦れる音がしたと思って見上げれば、男が妙に真剣な顔をして、自分のマフラーをレイナの首に巻いてくれていた。

「ほら、これならまだマシだろ。」

男は笑ってそういう。

レイナは目を丸くして、思わず驚いてしまった。

「…え?何、気持ち悪い。」

「素直に『ありがとう』くらい言えないのか。」

男の溜め息は白い息へ姿を変える。

レイナはそれを目で追って、つられるようにハーッと息を吐き出した。

「……どうも。」

無愛想に小さく返し、そっぽを向く。

小さな声だったため、聞こえないふりをしていたが、男の顔にはうっすら笑みが浮かんでいた。


…ファウスト邸につくと、レイナと男は長い廊下を歩き、メフィストに指示された部屋へと向かう。

わざわざメフィストが場所を指定したのは悪い予感しかしないのだが、と思いつつ2人は部屋のドアを開けた。

「おかえりなさーい☆」

入ってきた瞬間出迎えた声に、内心げんなりする。

畳が敷かれる和室に、ピンク色のコタツが1つ。

メフィストは浴衣姿でぬくぬくとコタツに潜っていた。

一緒にコタツに入っていたあゆむが男の姿を見るなり、『お師様!』と明るい笑顔を向けて駆け寄って来る。

「いやはや、仲良く買い出しから帰ってきていただけて、結構なことです。」

1人愉快そうに笑うメフィストに若干苛立ったが、頼み事を引き受けたのは紛れもなく自分であり、文句の言いようがない。

黙って調理場へ行き、レイナがさっさと準備をしようとしていた矢先、『そうそう』と何かを思い出したらしいメフィストが声をかける。

「いい機会なので、せっかくですから、鍋も仲良く2人で準備してください☆」

身勝手な上司に、文句の1つ言いたいと思ったのは自分だけでないことを願いたい。

溜め息をつきつつ、エプロンをつけて2人は仕方なく、作業を始めた。

「野菜大きすぎ、もう少し小さく切れ。」

「鍋に入れる野菜はこれくらいがいいんだ。」

「あと、だし濃い。」

「鍋だからこれくらいが丁度なんだよ。」

しかし、この2人一緒に料理を作るというのは初めてであり、案の定調理中の口論が絶えない。

もう意地にもなってきたらしく、文句ばかりいうレイナに、そろそろ男も苛立っていた。

「…そんなに文句しか言えないなら、自分1人で作ればいいだろう。」

思わず男が放った言葉に、レイナが目を見開き、なんとも言えないように俯く。

いつものレイナなら、ここで罵声やら何やら言い返してくるだろうに。

それがこないことを不審に思い、男は首を傾げた。

「……ないんだよ…。」

「?あ?」

ギュッと拳を握りしめ、悔しそうにレイナは言う。

「…鍋料理作ったこと、ないんだよ…。」

レイナのその言葉に、男は呆然としてしまった。

レイナはレイナで言葉を発した瞬間、うなだれて頭を抱えている。

先程からいちゃもんつけてくるレイナのことだから、自信があるものだと思っていた。

事実レイナの料理は男の評価でも大概のものはおいしいと感じる。

料理の経験がありレパートリーも豊富で、レイナはできると思っていたが…。

「不安なのか、1人で作るのが。」

作り方のわからない料理をレイナが引き受けるわけがない。

なら、考えられるのは、作り方を知っていても熟知はしておらず、作るのに自信がないということ。




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