お借り

□お帰りなさい、お母さん
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…目を覚ますと、まだ朝日も昇らないような時間だった。

いつもはこんな時間に起きないのになと、目を擦りながら内心首をかしげる。

なんだかまた寝る気は起きなくて、エリアは欠伸を噛み殺し、ベッドから起き上がった。

自然と、自分の足は、決まった場所へ向かう。


…ここに居ても寂しさが薄れるわけじゃないのに。

目の前のドアを見つめながら、エリアは思う。

もう残骸しかないこの部屋に来たところで、虚しさが残るだけなのに…。

わかっていながらも、ドアノブに手をかけてしまう。


『魍魎を食べるなよ、腹壊しても知らないからな

『また、メフィストに怒られたのか?』

『仕方ない奴だな…、ほら、おいで』



…目を見開いた。

あれほど、物が壊れ、乱雑なまま放置されていたその場所が、

異臭もなく、綺麗に片付けられている。

「…何で…!?」

何もない、殺風景な部屋。

まるで、そこにあった思い出まで消えてしまったかのように、無くなっていた。

彼女が居なくなって、1ヶ月以上が経過している。

嫌な予感が脳裏を掠め、背筋を冷たいものが通る。

メフィストフェレスは悪魔だ。

それは、娘である自分が一番わかっている。

…まさか、諦めたというのか?

所詮彼女も自分の手駒だったのだと認識して、待つことを辞めたというのか?

目の奥が熱くなるのを感じた。

泣いたところで、どうしようもないというのに、

無性に悲しくて、

悔しくて、

情けなくて…、









「…どうした、エリア。こんな時間に。」


懐かしい声が、鼓膜に響く。

そんな筈ないのに、

幻聴にしてはあまりにもはっきりと、聞こえて、

信じられないと思いながら、声のする方にゆっくりと視線を向ける。

「なんだよ、そんな一般人が幽霊見たような顔して。」

白衣こそ身に纏ってはいなかったけれど、目の前にいるのは、間違いないなく、自分の知る彼女で、


「…レイナ…?」

そう漏らせば、レイナはエリアに向かって、優しい笑みを浮かべる。

こみ上げてきたものが遂に溢れて、エリアは、思わずその場で叫んだ。

「ばか!!レイナのバカッ!!」

涙を流し、しゃくりあげれば、レイナはエリアを凝視する。

「勝手に居なくなってッ、勝手に戻ってきて…ッ!こっちがどんだけ大変だったと思ってんの!?レイナ居なくなってから、父さんは、おかしくなるし、」

本当は、そんな言葉が言いたいわけじゃないのに、口から出るのは、心にもない罵倒ばかりで、

「もう、わけわかんないよ…。」

俯いて、鼻を啜る。


うんざりしてしまっただろうか。

嫌いに、なってしまっただろうか。

そう考えると、怖くて顔を上げられない自分がいる。

唇を噛みしめて、情けない顔を見せまいと耐えた。


…不意に感じた身体を包み込むぬくもりに、目を見張る。

「ごめんな…。」

そう言って、頭を撫でてくれる手。

「身勝手過ぎたよな。辛い想いさせて、ごめん。」

そうして、弱々しく漏らす彼女をどう責めろというのだろう。

「…寂しかった。」

声が震える。

「レイナが急に居なくなるから、寂しかった。」

「うん。」

「悲しかった。」

「うん。」

「父さんと、喧嘩もした。」

でも、レイナを恨むことは出来なくて、

「レイナのこと、嫌いになれなかった。」

いくらでも、嫌いになれる要素はあった筈なのに。

「…ありがとう。」

彼女が、優しいから、

そばにいると、楽しいし、落ち着く。

その感覚は、昔メフィストに腕に抱かれたあの温かさに似ている気がした。


「…おや?お前がこの時間に起きているなんて珍しいこともあるものですね☆」

身体を離せばタイミングを見計らったかのように、メフィストがレイナの後ろから現れる。

いつもの、何かを企んだ怪しい笑みを浮かべて。

「父さん…。」

「仲直りはできましたか?」

小さく頷けば、『それは結構☆』と愉快げにこちらに歩みよる。

「契約切れたんでしょ?どうやってレイナ連れ戻したの?」

「まぁ、いろいろありましてね。」

首を傾げれば、ニヤリと悪魔らしい笑みを浮かべ、目を細めた。

「…ところでエリア。」

「何?」

「弟と妹、どっちが欲しいですか?☆」

「…は?」

思わず漏れたのは間抜けな声。

「父さん相手にしてくれる人なんているの!?」

「失礼ですね。私は今も昔もモテモテでしょうが。」

「遊びもほどほどにしないといつか痛い目みるよ!?」

「残念ながら今回は本気です。」

「誰!?そんな父さんみたいな変態もらってくれる人なんて、」

「何をボケている。」


"目の前にいるでしょう?"

彼の言葉にまさか、とそばにいる彼女を凝視する。

うんざりと顔をしかめる彼女は、頭を抱えてため息を吐き出した。

…えっと、それは、

「つまり…?」

「晴れてレイナは、私と結ばれたわけです。」

驚愕の色を隠せず、まばたきを繰り返す。

不快げな彼女の腰に腕を回し、小さく舌打ちを漏らすレイナは、それを振りほどくように彼の胸ぐらを掴んだ。

「…余計なこと言うな。」

「事実でしょう?そう照れないでください☆」

何を言っても都合のいい解釈をするメフィストに半ば呆れ、発しようとした言葉はため息へと変わってしまう。

このやり取りを見るのもいつ以来だろうか?

「…レイナ。」

声を掛ければ、彼女はこちらに視線を向ける。

いつもだったら怒られるかもしれないけど、今なら言える気がした。








「"お母さん"って、呼んでもいい…?」


母親のぬくもりを知らない。

今まで、特別知りたいとは思わなかったけど、きっとそれはレイナの温かさに似てるんじゃないかと思ったから。

「そのうちな。」

そうして、そっぽを向いて頭をかくレイナに、自然と笑みを漏らした。








お帰りなさい、お母さん
(貴女が帰ってきてくれて)
(本当に良かった)


―――――――――――
カカカさん宅、エリアちゃんをお借りしました!
前回のお話の続きとして書かせていただきました!!ありがとうございます!!

苦情はカカカさんのみ、受け付けます。

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