過去編

□09
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ゴポリと音をたてるフラスコ。

その傍らで試験管を軽く振り、フラスコの中の液体と混ぜ合わせれば、また新しい反応が出る。

その結果を書類に書き入れ、また次の作業の準備をした。

「せいが出るね、随分と。」

後ろから聞こえる声に嫌悪感を露にさせる。

「…何しにきた。」

「ちょっと遊びに。」

勇がそう笑えば、レイナは忌々しげに舌打ちを漏らす。

ここは自分の実験室だ。

鍵は自分とメフィストしか持っていないというのに、この男はいったいどこから入ってきたというのか。

勇は勝手に机の上の資料を手に取り、へぇと感嘆の声をあげた。

「面白いことやってるね。16歳の子供が考えるにしては、なかなかいいテーマだ。」

「勝手に人のものに触るな!さっさと出てけ!!」

書類を奪いとろうとすれば、勇はヒラリと身を翻し、彼女から少し距離を置く。

「だけど、まるで教科書の内容をそのまま、再現してるみたいだな。」

そう言って、笑う勇は窓際に立てていた試験管をとり、慣れた手つきで液体を混ぜ合わせる。

その動作に無駄はなく、妙に堂々としたその白衣の後ろ姿を、黙って見つめる自分になんだか腹がたった。

「お手本通りにやっても、新しい発見は生まれない。科学者とは常に、欲求に忠実じゃないとね。」

らしくない真剣な顔になったかと思えば、またヘラヘラと笑い、レイナに手に持つ試験管を渡す。

透明だった液体には不純物が浮かび、見たこともない現象に、目を丸くした。

「君の科学者としての歩みは飛び過ぎだ。素質もあるのに、勿体ないじゃないか。」

「あんたに上からもの言われる筋合いはない!」

「先輩の教訓はありがたく聴くものだよ。」

馬鹿馬鹿しい、不愉快だ。

これ以上一緒にいても不快感が募るだけだ。

勇が出ていかないなら自分が出ていくしかないと、彼に背を向けた。


「君、周りの人間が怖いわけ?」

彼の言葉に目を見開く。

「なんか嫌がらせでもされた?」

「…別に、」

「なんでメフィちゃんに相談しないの?」

メフィストの名前が出た瞬間、身体が強ばった。

なにもかも知ったような口をきく彼が急に恐ろしくなった。

「父親だろ?」

改めて言われると、あの悪魔が父親なんて実感がわかないなと、内心自嘲した。

「…あんたには関係ない。」

小さく、出来るだけ冷静に返す。

「成る程ね、自分1人でそんなに抱え込んで、余計な心配かけさせたくないわけだ。」

呆れたようにため息をつく彼に、心中悟られまいと、唇を噛み締める。

ドアノブを強く握った。

「あのね、あんまりメフィちゃんのこと悪くいうつもりはないけど、あの人だって悪魔だよ?そんなに気をつかってどうするの?」

疲れるでしょ?

さも当然のように、彼は続ける。

「あんまりこんなこと言いたくないけど、」



「君は今いいように遊ばれてるだけで、いつかは捨てられるんじゃないかな。」

耳鳴りがする。

けれど、彼の言葉はしっかりと頭に響く。

本気かどうかはわからないそのたった一言が、胸を締め付けた。

「……ってる。」

それくらい自分にもわかってる。

だから、だからこそ、

「捨てられないように必死なんじゃないか…ッ。」

聞こえないように努めて呟く。

視界が歪む。

こんな奴の目の前で泣いてやるものかと、部屋から飛び出した。

後ろから声をかけてもムダだろう。

勇は引き止めようとして行き場を失った右手で、頭をかく。

「言い過ぎちゃったかな…。」

余計に嫌われてしまっただろうかと頭を抱え、己を嫌悪する。

まだ16歳の少女に、あまりにも不謹慎だった。

「俺の悪い癖だな…。」

苦笑を漏らし、不意に書類が乱雑に散らばっている机に視線を移す。

山のように積み上がる文字のビッシリと並んだ紙。

おもむろにその束を手に取ると、ふとこの場には不釣り合いにも見える本の冊子を見つけた。

「…"料理のいろは"、"簡単料理100選"、"料理大全集"…、なんだこれ。」

実験資料に混ざってそこに置かれているのはいくつかの料理本。

開いてみればものの見事に1ページずつ全てに付箋が貼られ、細かい書き込みがされている。

拙いそれは、間違いなくレイナがしたもので、所々のページに折り目がついていた。

わざわざ何故こんなことに必死になっているのだろうと首を傾げ、ペラペラとページを捲る。

すると、不意に止まったページに、1枚の紙。

四つ折りにされていたそれを開き、勇は思わず目を見開いた。


…それは、メフィストの名前が書かれた、健康の記録票だった。









健気な少女よ
(それは危険分子というにはあまりにも、)
(愛らしい少女の姿だった)


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