┣短編小説

□我慢していた涙
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『泣かないのかい?』

『今更に実感がなくなってね』


友が事故死。

見た瞬間、目をまず疑った。
嘘だろと、誰にも聞こえないほど小さな声で言ったんだ。

葬式にも出席して、
遺体にも触れた…。


冷たいその顔に、俺は驚き手を離した。


そのとき、やっとこれが冗談だったり夢ではないことを理解した。


冗談だったら、どれだけ楽だっただろう。

火葬する時に、初めて涙を流せた。





でも、3日経った今、急に実感がわかなくなった。


『何だか、まだ冗談だとかで、あいつが生きてるって思ってしまうんだ』


『あいつは、特にお前には悲しんでほしくないと思っているだろうが、
そういう感覚はどうなのだろうか。

泣きたいのに泣くなと言うわけでもないんだ。
じっくり悲しむべきだと私は思える』


そうなのだろうか…。
俺はなんだか空っぽで、なにもやる気も起きないし、
泣きたいとも思えない。

今、この実感の無さは、俺の無関心さにあるのだろうか。
簡単に割り切る俺は、最悪なのではないだろうか。


『無関心なんだな。俺は。
泣く気持ちになれないのは、無関心だからなんだ』


『無関心なら、お前はもっと元気だ。
今のお前はむしろ、衰弱してみえる』


『君は、どうなんだい?悲しむ事はしないのかい?』


俺は自分のことを棚に上げて訊いたんだ。

俺は無関心だ。
なら、彼はどうなのだろうという好奇心にも似た感情が、今の僕を支配していた。


『お前の前では、我慢しているのさ』


『…。君が悲しむべきだよ。俺なんかよりね。
悲しいと思える人間が、悲しむべきだよ。

泣くのを我慢して、いつ泣く気だい?』


『タイミングってものがあるんだよ。
あぁ、お前も、そうなんじゃないか?』


俺はその言葉を聴いて、ほんの少し安心した。

そうだな。
今はタイミングを、見計らっているんだな。

ちょっと混乱していて、
自分のその意思を無意識に実行していたんだな。


そうだと、いいな。


『ならば、悲しむべきは俺なんだな』


俺は、格好をつけてそういった。

だがそれは必然的義務であるような、
当たり前でなくてはならない行為なのだから、

格好なんてつけられるわけがない。



『なんだ。泣けるじゃないか』


俺の目には、
いっぱいの水が溜(た)まっていたようで、

もう、止まりそうにも無い。

栓を抜くのとは違って、
どこかに穴が開いたように、自然に流れ落ちてくるんだ。




『泣けたみたいだ。悲しかったけれど、混乱していて心がマヒしていたんだね』


『お前は、しっかりと皆の前で我慢していたんだよ。
だから、心がカラッポになったんだ』


『違うよ。悲しみの貯金箱が、いっぱいになったんだ』


無意識に我慢していた俺は、
涙の貯蔵所を破壊して、

今心を満たし潤している…。


枯渇してしまう前に、雨が降ってよかった。


俺は、また、泣くだろう。





涙を貯金箱に入れるように、

涙を我慢して…




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