闇の誘う夜想曲
□〜小さな夜の歌〜
4ページ/5ページ
珍しい事もあるものだ、と、冷たい井戸水を運びながら私は考える。
とある初夏の日、シュラが風邪をひいた。
風邪ひきの日
「ただいまー」
「遅いシュリ」
これでも早く帰ってきたんだけどな。
家へ入って最初にかけられた言葉は、「おかえり」じゃなくて「遅い」とは。私の兄は何様のつもりなのかとぼんやり考えていると、「なにしてるの。僕を殺す気?」とか言って好き勝手喋ってはごほごほと辛そうな咳を繰り返している。
私は水が入った重い桶を置き、シュラが寝ているベッドの側の椅子に座った。
喋ると辛いなら黙ってれば良いのに……。
「ごめん。そろそろタオル温いと思って水汲んできたんだ」
「早く変えてよ」
「……」
本当に、もう。
「なに?何か言いた気だね…っゴホゴホッ」
「あーもー!喋ると辛いんだから黙ってようよ!」
なんだかんだいって心配してしまう自分を心の奥底で呪いながらも、私は手早くシュラの額に乗っていたタオルを取り、汲んできたばかりの冷水に浸す。
タオルは、思ったよりも熱くなっていた。
「熱いね」
「風邪だもん」
素っ気ない返事だが、私が言った言葉よりも長く帰ってきたのが嬉しい。
ずっと辛そうに、眉を顰めながら咳をしていたけど、絞った冷たいタオルを乗せてあげると心無しか安らかな顔をした。
シュラはもう二日くらいまともな食事をしていない。だから、今は寝かせて体力をつけさせて、昼食はお粥よりも滋養のある物を食べさせてあげよう。
なんか子供を持った主婦だな私。
「あ、まだ家事あるから私行くね。なんかあったら式飛ばしてよ」
椅子から立ち上がってテキパキ指示をすると、シュラは恨めしそうな表情で私を見上げてきた。
な、なにかしたっけ?
「……そんな体力ないんだけど」
「根性でなんとかして」
「うん。無理だから」
だよね。
試しに額に手をあててみる。
っ?!!
「熱っ!!」
タオルが熱いとは思ったけど、まさかここまでとは思わなかった。
私は額の熱さに驚いて、咄嗟に手を放した。
…………つもりだった。
「ちょ、シュラ?」
「…………」
私の手はがっちりと掴まれていた。と言っても振り払えば簡単に外れる程度だけど。
でも、病人相手にそんな事をするのは気が引けるから、私は恐る恐る顔色を伺う。
「おー、い。シュラー?」
「……冷たくて気持ちいー……」
答えたつもりか、はたまた無視なのか、ヒジョーに難解な返事をしてくれた。やがて、ほぅ、と息を吐くと、シュラはすぐに安らかな寝息を立て始めた。
手はしっかり握りしめたままで。
「……家事しなきゃいけないんだけどなぁ〜……」
聞こえる筈がないけど、私は半目で呟いた。
部屋には暫く、シュラの寝息だけが響いていた。
さぁ………
「あ、風……」
涼しい。
学校の風よりも、やっぱり風の国のそれは心地良いものだと思う。
優しい、香りがする。
「………神様、見ていてくれていますか?」
届く事の無い祈りを馳せて
最果てまで
そして後日。私はシュラに風邪をうつされました。
「薬ちょうだい……ゴホゴホっ」
「はい。……馬鹿じゃないの?」
「…………」
二度と看病なんてしてやるものか!!!
風邪引いたので思いついたのを書きなぐりました。
故郷の風を感じてほしいです。
璃穩の故郷は、きっともうすぐ蝉がいっぱい鳴いていますよ!