短篇集

□乙女と海の物語
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乙女と海の物語










 零れ堕ちる この泪が

 どうか 君を癒しますように

 鏡が 君を傷つけました

 私は 鏡を憎むでしょう

 空が 君を苦しめました

 私は 空を呪うでしょう

 全てが君を 蔑みました

 私は君を 「愛しい」と 言います

 君と存在した 純白の泉

 小鳥もさえずらない この 喪狩りの宮で

 君のために 魂を狩りましょう

 ……望みませぬか?

 でもこれは 精一杯の 「できること」

 必要とされたかった

 この私という 存在を

 どうか どうか……

 いえ なんでもありませぬ

 君が笑ってくれれば それで 良かったのです

 君が泣くのなら 私は 誰も傷つけません
 
 ああ… 笑顔が 光のようです

 蝋燭より優美で 螢よりも優しく 月よりも 太陽よりも 神聖な光です

 どうか どうか………

 いえ なんでもありませぬ

 君は 幸せでしょうか

 ……そうですか そうなのですか?

 それでは 私も幸せですよ

 ありがとう ありがとう

 どうか どうか………………………

 最後に一つ

 何時までも 何所にいても

 その光を 絶やさないで下さいませ





   そういって 男は去りました

   そこには 一人の少女が残されました

   少女は絵を描きます 蝶です 鳥です 花です

   そして 一番に想ってくれた男を 憶います

   やがて 少女は美しく 健やかに育ちました

   少女…否、乙女は 海が見える家に 住んでおります

   やがて乙女は恋に落ち 愛しい人と結ばれました

   乙女は子供を産みました 幸せでした

   乙女はやがて年をとりました 子供は大きくなりました 幸せでした

   乙女はもっと歳をとりました 子供は結婚しました 幸せでした

   乙女はお婆さんになりました やがて孫が産まれました 幸せでした

   やがて やがて 月日が経って 愛しい人が死にました 不幸でした

   もっと もっと 月日が経って 子供と孫が 帰らぬ人となりました 不幸でした

   乙女はとても 悲しみました とっても とっても 泣きました

   乙女は海を眺めます そして男を憶います とても優しい記憶を辿ります

   やがて乙女は死にました 哀しみで縁取られた瞼からは 涙が流れていました

   やがて幾年の時が過ぎました 海は優しく満ち 引きます

   いつしか海は荒れました 優しい面影など 砂の粒程もありませんでした

   やがて雨が降りました 川は激しく唸ります
 
   そして空は晴れました

   乙女の墓は消えました

   でも 村人は気ずきません

   乙女の記憶が消えました

   でも 村人は気ずきません

   でも 乙女を憶えてくれています

   この 優しい 優しい… 海です
   
   男は笛を吹きました それは 海の音色がしました

   海は優しく語ります

   ざざあ… ざざあ… ざざぁん… と

   あなたには 聞こえますか?

   懐かしき園

   海の舟歌________

















後書き



ただの、なんでも無い人生。
生きて生きて、不幸になって傷ついたりするんだろう。

でも、生きているから幸福にもなれるし、苦難を越えてゆける。
それを、そんな当たり前のことを忘れてしまわないようにと、願いを込めて。








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