Long

□Alba Rosa
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「悪かったよ」
謝っても返事は返ってこない。
返事どころか
視線さえ合わせようとしない。
「宇賀神、俺が悪かったって」
「………」
こんな気まずい状態が
数十分続いていた―


久々にオフとなった今日、
息抜きにと思い
宇賀神が寝ている間
マスターの所へ行った。
もちろん、
宇賀神にはメモを残したし
用が済んだらさっさと
帰ってくるつもりだった。
しかし―
「いらっしゃ‥」
「あー!!JJやん!」
エピローグ・バーの扉を開けて
聞こえてきた声に
自分の行動を悔やんだ。
マスターの声を遮って
飛んできた馬鹿でかい声の主は
「橘…」
こいつしかいない。
「こら陽司、
夜中にうるさいですよ」
マスターに言われ、
口は黙ったが行動が煩い。
自分の隣の席を示して
ここに来いと手招きしてくる。
バーには他の客もいない。
敢えて離れて座ろうとした途端
「何や冷たいなー」
橘に腕を掴まれ無理矢理
隣に座らせられた。
「おい、橘」
「まぁまぁそう怒らんと。
俺が奢ったるから、な?」
顔面に一発喰らわせたくなる
衝動を押し殺し、カウンターへ
溜め息混じりに向き直ると
マスターはいつもの笑顔で
俺達を見ていた。
「何だよ、マスター」
「いいえ、君たちを見ていると
面白くてね」
「どこがだ…」
「ふふ、色々ありますよ。
ところでJJ、何にします?」
「ああ‥そうだな。
ゴッドファーザーを」
「承りました」
グラスに入れられる
氷の音を耳にしながら、
時計へ視線をやる。
出てきてからまだ15分。
1杯だけ飲んだら帰ろう、と
決めていた。
「なーJJ、何か気付かん?」
「何がだ」
「ほら、この辺とかここ」
「あ?」
橘が指差すのは自分の首―
に巻かれているストール。
黒いそれは確かに
今まで橘はしていなかった。
「ああ、それか」
「どうや、これ。
JJと色違いのお揃いやで」
だったら何だと言うんだ。
見せびらかしてニコニコする
橘に言葉が出てこない。
「あ、なになに、
もしかして照れとるん?」
ストールの先端の毛で
頬をくすぐってくる。
相変わらず癪に障る奴だ。
軽く手で払い除けると、
同じタイミングでカウンターへ
グラスが差し出された。
「ゴッドファーザーです」
マスターの落ち着いた声に
自分の心を鎮め、
「ああ、ありがとう」
グラスへ口を付ける。
アマレットミルクの
ほのかな甘さにほっとする。
「美味いよ、マスター」
「ありがとうございます」
「なーマスター、
俺にもJJと同じの」
橘が言った。
「陽司、もう飲み過ぎですよ」
「ええやん、もう1杯ぐらい」
「…仕方ありませんね。
これで最後ですよ?」
「やたっ」
喜ぶ橘を他所に、
グラスを傾け中身を飲み干し
「俺はもう行くよ、マスター」
そうマスターに言った。
「おや…そうですか」
残念そうにマスターが言った。
「えーJJ、もう行くん?
まだ20分しか経ってないやん」橘は子供みたいに
袖を引っ張ってくる。
「俺は息抜きに来たんだ。
お前に用があった訳じゃない」「息抜きなら良いやん。
こんな夜中に何かする用も
無いんやろ?」
「生憎、朝には仕事がある。
マスターの酒で疲れを
抜いたのにお前に構っていたら
意味が無くなる」
ぶすっと不機嫌な顔をする橘に
マスターが声をかける。
「だそうですよ、陽司。
あまり我が侭を言うものでは
ありませんよ」
「マスターもJJの味方なん?」
「味方、という訳じゃ‥」
「でも今言うてたやんか!」
バンッとカウンターを叩く橘。
何だか様子いつもと違う。
ふてくされてカウンターに
突っ伏す橘を横目に
マスターへ小声で話しかける。
「…何かあったのか」
「ええ‥君が来る前は
ずっと愚痴を言ってました」
「そうか‥」
何があったかは聞かないが、
橘の気にくわない出来事が
あったのは事実らしい。
俺も俺でそこで振り切れば
良かったものを
何故か立ち止まってしまった。
「…橘」
声をかけるが何の反応も無い。
「おい、聞こえてるんだろ」
「……何や、帰るんやろ」
今度は小さな声がした。
「30分だけだ」
「‥は?」
カウンターから顔を上げ、
情けない表情で橘が見上げる。
「30分だけいてやる」
「マジで!?」
「ああ、だが「よっしゃぁ!」
途端に元気になった橘が言葉を
遮ってガッツポーズをした。
その変わり様にもう溜め息しか
出なかった。
マスターのクスクスと笑う声が
俺の敗戦を決定付け、
仕方無しに留まる事となった。
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