幕末恋風記[本編11-]
□十六章# 会話四
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(永倉視点)
江戸に戻って以来、葉桜はじっとしていることがなくて、いつも誰かを探すみたいに出歩いていた。
雨の日ぐらいは居るかもしれないという淡い期待で部屋に行ったら、葉桜は一人で座って茶を飲んでいて。
座れというから、座って話を聞いていたら、あんまり哀しそうな顔で笑うから堪えられなかったんだ。
その上、抱きしめたというのに葉桜は全く動揺もなく、体を預けてきて。
「落ち着くか?」
「…まぁ、少しは」
平然と返しやがって。
俺の気持ちなんて、全然知らねェみたいな感じで笑ってやがって。
マジ、オメーはずりィよ。
「マジで鈍いな」
思わず零すと、思いも寄らない答えが返ってきた。
「それでいいんだ、私は」
後はもうこちらに聞き返す時間もなく、静かに眠りについてしまって。
安心しきっているそれを前に俺は動けるわけもなくて。
「んだよ、それ」
たった一言で、全部わかった。
全部、全部わかってしまった。
こいつは、葉桜は全部気がついていて、それで選んでいる。
そして、全部を受け入れて、ここにいる。
その中で俺がどういう存在になっているかわからないが、少なくとも男としての意識はされてないのだけは確かだ。
「どうすりゃ、葉桜は俺を見てくれんだ?」
表情のない寝顔に問いかけても答えはなく、俺は抱く腕に軽い力を込めて引き寄せ、小さな額に口づけた。
たとえ自分一人だけを見てくれなくてもなんて、俺には思えない。
好きな女の心の全てが欲しいと願って何が悪い。
俺は、葉桜の笑顔が欲しいんだ。
俺のためだけの笑顔が。
それが望めなくても、葉桜にだけは絶対に幸せになって欲しいという想いはあるが。
「俺は、オメーに何をしてやれる?」
想いのすべてをかけて、助けてやりたい。
こいつに掬う闇の中から引き揚げてやれたら、きっと本当の笑顔が見られるはずだから。
「…葉桜」
「ん」
腕の中で身じろぎしたかと思うと、ゆっくりとその瞳が開いた。
ぼんやりとした瞳が、嬉しそうに笑う。
たぶん、無意識に。
「大丈夫」
普段では聞いたこともないほどに柔らかで優しい声で囁く。
声が、届いたのかと思った。
「私が、守るから」
再び閉じた瞳を前に、やはり俺は動くこともできやしねェ。
こいつは、葉桜は。
「大馬鹿だ、葉桜。
俺の言いたいこと盗んじゃねェよ」
考えるまでもない。
俺が今こいつにしてやれることは共に戦い抜くことしかないのだから。
「葉桜も、葉桜の守るモノも全部ひっくるめて、俺が守ってやっから。
あんまり独りで気負うんじゃねェよ」
安心しきって眠る葉桜の額と自分の額を合わせ、俺は声を立てずに笑った。
共に戦って、戦って、戦い抜いて。
葉桜が俺を見てくれるかどうかはその後だっていいだろう。
今はただ、葉桜が生き抜けるように一緒にいてやればいい。
それだけで、十分だ。
だから、最後まで逃げずに、戦い抜こうぜ。
なァ、葉桜?
16.4.1# 〆
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