幕末恋風記[公開順]

□(文久三年水無月) 01章 - 01.4.1#火事騒ぎ(追加)
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(永倉視点)



 布団で静かに寝息を立てる葉桜を、俺はただ傍らに座って眺めていた。起きているときは左之や平助らとつるんでいても変わらないイイ仲間で、こうしていりゃぁ、単なるイイ女なんだけどな。

 葉桜と会う時や剣を交わす時はいつも倒れやがるな、と布団で眠る姿を眺めながら過ぎり、俺は頭を振る。いや、必ずではないな。けれど、葉桜がひとりでいるときってのはたいていこうなる。

 単に廊下で佇んでた葉桜に声かけただけなのによ、泣いた後みたいな、それも女の目ェしてやがるから俺は放っておけなくなっちまってよ。眠れねェっていうから稽古に付き合ったら、葉桜は殺気出して襲いかかってきて、しかもいきなり勝負の途中でぶっ倒れやがる。

「まったく、マジで人騒がせだぜ」
 さっきの葉桜は今までの稽古では見たことのない本気の打ち込みで、俺は本気で殺されそうだったから、本気で応戦したんだけどよ。

 一体誰を相手に戦ってんだよ、葉桜。

 倒れたのは疲れがたまっていたところに追い打ちかけて、稽古したせいってのは俺でなくたって誰でもわかる。どうやら、火事騒ぎで戻ってから一睡もしていなかったせいらしいと聞いたのはついさっきだ。土方さんの話じゃ、芹沢さんを殴りに行くといって聞く耳もたなかったから、近藤さんが抑えていたらしい。

「なあ、オメーと芹沢さんは、何の関係があんだよ」
 眠っている葉桜に問いかけても答えは返るはずもない。起きているときに問いかけたところで話す気がないなら、葉桜は決して答えないだろう。すべてをひとりで抱え込み、頼ることをしないのは生来のものなのか、それとも別の理由でももっているのか。語らない秘密の多い葉桜のことなんか、考えても答えなんて出やしねェ。

「ちっ」
 表情もなく寝ながら涙する葉桜の目元を軽くぬぐう。一瞬だけ幸せそうに笑った顔に、俺は動揺した自分に驚いた。

 誰が見ても、葉桜と芹沢さんには男女の関係がある。昔のことだとしても、今は互いにそうではないと嫌い合っているように見えても、惹きあう様はどうしようもない。誰にも入り込む隙のない二人の関係を知っていて、惹かれちゃならねェ。

「無理、すんじゃねェぜ、葉桜」
 自分の気持を誤魔化して囁く俺に、何故か葉桜は寝ながら眉をしかめて唸った。




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