幕末恋風記[公開順]

□(元治元年文月) 04章 - 04.4.1#高札
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(葉桜視点)



 団子を持ったまま、私はおもむろに河原へと飛び降りた。それまで歩いているだけだった私が唐突に動いた気配に、永倉が慌てた様子で追いかけてくる。それに対して、私は永倉を顧みて、軽く手招きした。

「オメー、いきなりいなくなるヤツがあるかっ」
 たぶんそう言われると思った私は永倉に向かい、軽く肩を竦めて見せて、苦笑と共に団子を差し出す。

「それより、ほら」
 差し出された団子を永倉が受け取るのを見、私は自分でも手に残ったもう一本を口にする。歩くのはここまでで、屯所から随分離れた理由を、永倉ならわかってくれるだろう。あの場で言えるわけがない内容だから、私はここまで永倉を引っ張りだしたのだ。

「ここの団子美味いだろ?」
「ん? ああ、美味いな」
「奢るから、助けろ」
 気持ちとは裏腹に、私の口をついて出たのは脅迫紛いの言葉だったけど、なんとか笑顔で誤魔化せただろうか。私は情けないことに少し泣きたい気分になっていた。

「実はな、ここ最近よく相談を受けるんだよ」
「相談ってオメー」
 まさか勝手に、と口走りそうになる永倉を私は軽く笑う。続けられる内容はわかる。勝手に相談を解決したりして、ましてやそれで金子なんてもらった日には、流石の私も規則違反の切腹を免れない。

「別に依頼ってわけじゃないよ。本当に単なる相談なんだ」
 苦笑に安堵してくれる永倉に内心謝りつつ、私は続ける。

「最初は芹沢のせいかと思っていたから、内密に処理していたんだ。だけど、芹沢が亡くなった後も相談が絶たない」
 私への主な相談内容は、新選組隊士への苦情だ。自分でいうのも何だが、私の友人というのは本当に幅広い。もしかすると京中の人間と既に仲良くなっている可能性があるが、対外的には一応、京市中限定と言い切っている。

「勝手に金策に奔るのは、たぶん切腹だよね」
 ツケ払い程度なら可愛いもので、かつての芹沢のような振る舞いをしている者もある。

「島原の姐さん達や遊女さんとか夜鷹さんとかもさ、乱暴すぎて嫌だとか言ってるし。まあ、あれよ、金払ったからって何しても良いわけじゃなし、新選組って理由で金策しても駄目なワケよ」
 芹沢が亡くなる前に土方が出した「局中法度」。その中に当て嵌まる振る舞いが苦情として相談されることが一番多いというのが、今の私の悩みだ。

「ところが、私の耳にはそんなんばっかり入ってくる」
 驚いている永倉には悪いが。

「しかも、何度か現場を押さえてる」
 団子の櫛をくわえたままの相手に、どうしよう?と私は返してみるけど、永倉は険しい顔のまま動かない。

「もしかして、知ってた?」
「まァな」
 苦い顔で永倉が吐き出した櫛を私は拾い上げる。

 もちろん、全部が全部新選組隊士なわけじゃないし、浪人が偽ってということも多い。だけど、新選組が高札に上げられているようなことをまったくしていないわけじゃないのだ。原田は高札の内容を不当だと怒っていたけれど、きっと知らないだけだろう。

「土方さんに言ったら、みんな切腹になっちゃうし」
 私としては死んで欲しくないわけで、かといったところでひとりひとりに言い聞かせるにはいかんせん数が多すぎる。それに自分の言うことにどれだけ影響力があるというのだろうという疑問もある。

 そんなことを日々悩んでいるおかげで、私は井戸端で一人ため息をつくなんて事態に陥ったわけだ。

「なぁんで、男ってのはこうアレなんだかなー」
「アレってなんでェ?」
「アレはアレよ」
 何時の時代も男というのは何でも力でどうにか出来るとでも、金さえ払えば何をしてもいいとでも、思っている大馬鹿者ばかりなのだろうか。

「聞いたからには協力しろよ?」
「葉桜、俺に拒否権はねェのかよ」
「当たり前だろ」
 好奇心だけで聞いてきて、ただ聞くだけで解決できるような相談事じゃないってことぐらい、ここに来るまででわかるだろう。

 私が瞳で語る言葉に、永倉は深く深ーくため息を吐いた。

 その後、こっそりと私と永倉の開いた宴会に呼ばれた平隊士たちは、酒と遊女と、それからみっちりと私のお説教を頂戴したというのはまた別の話である。





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