幕末恋風記[本編]

□一章# 会話三
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----01.3.2#有難くない信用

(山南「からくり人形」[裏])




 私が壬生浪士組に入隊して、だいたいひと月が経った。
 自慢じゃないが、それなりの経験と商売柄、人の信用を得るのには慣れている。
 つまり、今ではこうして土方の部屋で、自分の肘枕にくつろぐ程度には打ち解けていた。

「え?」

 いつも通りに事務仕事をしていた土方が振り向いて言った言葉を私が聞き返した瞬間、同じ屋根の下で小さな爆発音がそれを掻き消した。
 身を起こして構える私に対し、土方は心配ないと言って普段の倍も眉間に皺を寄せる。

「ありゃあ、山南さんだよ。
 あの人は発明が趣味なんだ」

 既に聞いていた話なので別に驚くことでもない。
 爆発の方向も土方の言うように山南の部屋で間違いはないだろう。

「たしか今は自動お茶汲み人形を作っているんでしたね。
 失敗したのかな」

 私のつぶやきに、土方は知るかと素っ気なく返してきた。
 どうやら山南の発明は土方にとって、心労の一つらしい。
 もうひとつの心労はおそらく彼の上官にあたる人のせいだろうが、それは私が知ったことではない。

「山南さんのことはいい。
 それより、どうなんだ?」
「どうって、土方さんは何考えているんですか」

 一応の訂正としておくが、私とてよく土方の部屋に入り浸っているわけではないし、今は何か話があると呼ばれたから、いるというに過ぎない。
 呼んでおいて、少し待ってくれと土方に言われ、寝転がっても文句がでなかったから、私もそのままでいたまでだ。

「土方さんは買いかぶりすぎです。
 入ったばかりの、しかも女に隊を任せるなんて」

 いくら実力本位で信頼もされているとはいえ、私は自分が異例として入っている自覚はある。
 私の信用とかいう以前に、女が組長の一人になることに対して、納得しない隊士だって多いはずだ。
 いくら強くても私は女で、その女が隊を率いる様子は、世間の目から見ても宜しくはない。

 私は視線を膝に落とし、自分の手を見た。
 目の前の土方とは比べものにならない細く小さな手で、この人と剣を交えたことはないが勝てる気はしない。
 土方の上官である、あの芹沢や近藤にだって、私は勝てないだろう。

 私に対して、土方の手は剣を持つ人の手にしては骨張って細い指だ。
 傷も荒れも多いが、それでも綺麗な手をしている。
 心根までも写すようなまっすぐで綺麗な手だ。

「俺もそう思うぜ。
 だが、おまえを推す奴が多いのも事実だ」

 土方が私にこんな話を持ちかけてきた原因に、心当たりはあった。
 先日、斎藤と稽古したときに言われたのだ。
 手を抜いている、と。

 本気でやるわけにもいかなかったが、そんなふうに見抜かれるのも良くはない。
 だが、木刀では私はどうにも真剣になれなくて、遊びとしか思えなかった。
 悪い癖だと父様にも言われたし、弟にも言われた。
 それでも直らない私の剣は、ひどく不格好であることだろう。

 カタカタと梁が鳴る音に、私は意識だけを向けた。
 わざわざ報せるということは、何か言いたいことでもあるのだろう。

「でもねぇ、問題あるでしょ、烝」

 音の鳴った天井へと私は顔を向ける。
 次には隣に普段とは違う質素な服を着た美女が私の隣に並んだ。
 音を鳴らす以前のいつからそこにいたのか、私にはわからない。
 山崎の気配はひどく読みにくいのだ。

「そうかしら?」
「ちょっと、烝は土方さんの肩持つ気?
 それって親友としてどうよ」
「だって、葉桜ちゃんはおもいっきり稽古してないじゃない。
 前に会ったときより弱くなってるでしょ」
「なにそれ、ひどいなぁ。
 私が毎日遊んでるって?」

 山崎と普段通りの軽口を叩いていた私は、ふと土方へと目を向けた。
 いつもなら眉間に何本も皺を寄せて見ている光景を、今は興味深そうに見ている。

「山崎、おまえから見て、本気の葉桜はどのくらい強い?」

 げ、と小さく私は呻いた。
 土方は私を組長にしようとするのに、かなり乗り気なのかもしれない。

「あ、私、山南さんに呼ばれてたんだった。
 土方さんの話はもう終わりですよね?」

 咎められる前に、私は逃げるように、土方の部屋を出た。
 廊下を少し進んで、明るい日の射す庭木へと私は目を向ける。
 そのまま視線を上方の空へと向ければ、既に太陽は頂上を通り越し、後追いの月がうっすらと昇り始めている。
 私はそのまま数歩歩いて、足を止めた。

 今朝方降った小降りの雨で未だわずかに乾かずにある庭の立木の元、かすかにのぞいた見知った羽織が小刻みに揺れている。
 着物の色は白で裾や袂に薄桜があしらわれていて、足元には泥はねが数カ所乾いてあることから、私はこの人も随分前からここにいたのがわかった。

「近藤さん、なにが可笑しいんですか?」

 私が声をかけると木の陰から抜けて、近藤はこちらをのぞく。
 声に出ているわけではないが、やはり近藤は口端をあげて、笑っていた。

「葉桜君さぁ、俺とちょっと稽古しないかい?」

 珍しいこともあるもんだ、と私は気づかれない程度に眉を上げた。
 近藤も私同様、木刀と真剣に差のある剣客だという。
 二人ともに真剣でない稽古に意味などない。

「木刀はやる気がおきないんじゃなかったんですか?」
「いやだなぁ、稽古っていったじゃない。
 それに、葉桜君だって同じでしょ?」

 同類だと近藤も知っているということは、斎藤が報告したか、あるいはあれを見ていたのか。

「勘ぐらないでよ。
 そうだね、屯所の外……河原にでも行くかい?」
「はい」

 私が頷くと近藤は背を向けて歩きだす。
 背中を見ていても勝てる気はしないが、勝てなくとも強い相手と戦うこと自体には私も心踊る。

 だから、先を歩く近藤の背中を私は追いかけた。



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