幕末恋風記[本編]

□一章「新選組誕生」#本編
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* * *



(おかしい)


 すべてが終わって、寝所で横になってから私は昼間のことを思い返していた。
 大阪で熱射病で倒れて以来、突然調子が悪くなることが多くなっているのは確かだ。
 かといって、その他は今まで通りでいたって健康。
 大阪以来何度か医者にもみてもらったが、私は見事な健康体だと太鼓判まで押されてしまっている。

 それなのに、今日みたいな肝心なときに体中の力が抜けるような感覚があるというのはとても困る。
 今のところは剣を握っているときに起きた現象ではないし、隊に迷惑をかけることになってはいない。
 が、あくまでそれは今までなかったというだけのことだ。

(どうしよう)

 壬生浪士組というのは私が入隊前からこれまでにかけて調べた限り、多少の問題はあるものの、しっかりとした勢いの強い組織だ。
 芹沢に問題はあるが、あの人の影響力は強い。
 そして、これから先にあれを起こす近藤と土方がいるということは、簡単に潰れるとも思えない。
 だから、私が組織の中にいる必要というのは、あまりない。
 その、はずなのだ。

 見た目以上の結束の強さの元として、特に試衛館出身だという近藤を筆頭とした土方、沖田、山南、永倉、原田、藤堂、斎藤、そして山崎が挙げられる。
 彼らの結束が解けない限り、この組織はきっと強いとわかる。

(まあ、ずっとはありえない、か)

 永遠に続く関係なんて、こんな時代にありえない。
 剣を手にする限り、身近な死による別れは無視出来ないことなど、ずっと前から私だってわかっている。

 考え事をしていたからか、私は近づいた気配にもかけられた声にも気がつかなかった。

「どう、するかなぁ」

 近藤から最初に除隊は自由といわれてある。
 鈴花もそれなりに認められてもきたし、腕も平隊士の中じゃかなりのものだし、柔術においてもいざというときの対処も叩きこんでおいた。
 これ以上、私にできることはとりたてて見あたらないから、時が来るまでは適当に永倉らと剣をかわして遊んでいるつもりだったのに、こんな事態だ。
 真剣に考え直さなければ、近藤らの足を引っ張ることにもなりかねない。

「葉桜、入るぞ」
「は?」

 私がその声が誰なのかを考えている間に障子が開き、薄い月明かりが室内へと差し込んだ。
 それを背にしているのは戻ってきたばかりと見える土方だ。

 私は布団から体を起こし、土方を見上げる。
 鈴花は気がついていないらしく、隣で気持ちの良い寝息を立てている。

「起きているなら、返事ぐらいしたらどうだ」

 土方から普段通りの不機嫌な声で問われ、私はやっと少し前から声をかけられていたと気がついた。
 消してもいない土方の気配に気づかないほど、私は考えに集中していたようだ。

 しかし、こんな時間に誰か尋ねてくるとは思わないだろう。

「申し訳ありません」

 口だけでもあやまっておいたが、当然のごとく土方は不機嫌なままだ。
 気がつけば土方は隊服も羽織ったままで着替えもせずにまっすぐにこの部屋に向かってきたらしい。
 私に何か急ぎの任務でもあるのだろうか。

「あの、もしかして急ぎの任務ですか?」

 大事の後だからこそ、ということもある。
 しかし、山崎がいるのにわざわざ私、というのは命令だからとはいえ解せない。

「いや、今夜は何もない。
 お前はゆっくり休め」
「はぁ」

 私にはますますわけが分からない。
 だったら、土方は何故こんな夜中に寝ているかもしれない人物の所へ来るというのだろう。

「それより、起きているなら聞きたいことがある」
「明日じゃいけませんか」

 土方は黙って庭へ出てこいと促すので、しかたなく私もその辺に置いておいた隊服を肩に羽織って出た。
 私の髪は普段高めに結い上げているが寝ていておろしてあったため、その辺に置いておいた白い紐で歩きながら簡単に一本に軽く結わえる。

 月明かりのおかげで明るい庭だから、先に待つ土方が手招きする姿はよく見えた。
 土方の容姿を考えれば、こんな状況で平服ならもっと色気があるだろうが、そうであっても私にはあまり関係がない。

「なんですか、土方さん」

 私が足音静かに近寄ると、あと一歩の距離を土方が急に引き寄せた。
 堅い胴が当たって痛いし、冷たいし、一体なんの意図があってこんなことをするのか意味がわからない。

「なんなんですか、一体」

 腕を振り払って、私が直ぐに離れて見上げた土方はあいかわらず不機嫌なままだ。
 自分の手と、私を交互に見る。

「なんともないか?」
「は?」

 なんともあるわけが、と考えて昼間のことを思い出した。
 そういえば、今度は別に力が抜けるようなことはなかったし、簡単に振りほどくこともできた。
 ということは、昼間の現象は必ずしも土方が原因というわけではないということだ。

「あぁ、そういえばそうですねぇ」

 原因はわからないが、特定の誰かと決まって起こるわけではないなら、私自身の問題だ。
 だったらなんとかなるだろう、と自然と口元が笑う。

 こういうものは気力と根性でなんとかなるというのが、私の小さい頃の主治医の言葉だ。
 なんだ、何も心配することなんてないし、隊を抜ける必要だってない。
 ここではまだやるべきこともやりたいことも多いし、なにより、もっとここの者たちと剣を交わしたい。

「おまえ、どこか具合でも悪くしていないだろうな?」
「もちろんですよ。
 土方さんだって、一緒に医療所で先生の説明をきいたじゃないですか。
 惑う事なき健康体だって」
「そうなんだがな」

 大阪から帰って直ぐ、私を医療所に連れていったのは土方だった。
 周りからは奇異な目で見られもしたが、新入隊士の健康を心配するのは当然だと言われれば私も従うしかない。

 ふっと目の前の土方が笑みを浮かべる。
 私に向けてではなく、おそらく自分に対してだと直感する笑いだ。

「オレもやきがまわったもんだ」

 聞こえるか聞こえないかの小さな呟きが聞こえて、私は首をかしげる。
 土方の様子はまったくおかしい。
 本当に、変だ。

「土方さん、疲れてるんじゃないですか。
 もう休んだ方が良いですよ」

 自分も戻りますからと私は微笑んで近づき、身長の高い土方の顔を自然下から覗きこむ形になる。
 と、一瞬の後土方からは凄い勢いで顔を背けられた。

「ああ、そうするとしよう」

 まったく変な人だと思いながら、私は土方を見送ったが、土方は私の視線に気づいていないような様子で、一直線に部屋へと戻っていった。
 不自然なぐらい一直線に。
 途中躓きながら縁側を上って。

 変だなと思いながら、私は両腕を上げて、体の筋を伸ばす。
 見上げる月は輝いていて、静かな世界が緩やかに私を見守ってくれている気がして、嬉しくなってくる。
 私は凛とした空気を吸いこみ、吐き出す。
 直後に私の背後から声が聞こえた。

「たっだいま」
「近藤さん?」
「あれ?
 さっきトシがいたような気がしたんだけど」

 本当に戻ってきたばかりの様子の近藤が、疲れを隠しもせずに聞いてくる。
 かなりの手練れではあるけど、間合いに入る前とはいえ、隠しもしていない近藤の気配にさえ気がつかないとは不覚だ。
 まだ私の体は眠っているのだろうか。
 私は不満を隠して、振り返る。

「おかえりなさい、近藤さん。
 土方さんなら、今戻って」

 私は普通に返しただけなのに、近藤には物凄く驚かれてしまった。

「なんですか、近藤さん」

 私が声をかけると、近藤はびくりと震える。
 なんなんだかなぁ、この人も。

「え、あの……葉桜、君?」
「そうですけど」

 他に誰にみえると言うんだろうか。
 近藤はとても困ったように目線を逸らし、土方と同じようにわずかに頬を染めて笑う。

「あのねぇ」
「はい」
「その格好で庭に出るのは今後禁止。
 わかった?」
「は?」
「局長命令。
 いいね?」
「はぁ」

 何か変な格好だろうか、と自分の格好を見る。
 別に今は寝るところだったんだし、それにちゃんと上に隊服だけど羽織ってる。
 世間一般には外を出歩くに適さない薄着ではあるが、ふたりともこれぐらいは遊郭で見慣れているだろうし、私のような男女の姿で頭を抱える意味がわからない。
 何がいけないのだろうか、とまた私は首を傾げる。

「近藤さん」
「さっきここにトシがいたって言ったよね?」
「あ、はい」

 気の毒にねぇ、と近藤は小さく呟く。
 だから、何がと私は問いつめたいのだが、近藤にはそうはさせない空気がある。

「まったく、君に比べれば桜庭君のがよっぽどしっかりしてるよ」
「そりゃ鈴花ちゃんは一通りの礼儀作法ができますから」

 鈴花がほめられたことが嬉しくて、私が笑顔で返すと、近藤からは苦笑が返された。

「早く部屋に戻って寝なさい。
 明日から忙しくなるからさ」

 明日から京都市中見廻りの任務が任せられたこと、それから「新選組」という隊名を賜ったことを聞き、私は無理矢理部屋まで送られた。

「さっき言ったこと、絶対だからね」
「わかりましたから」

 近藤を追い出して、隊服を脱ぎ、もう一度私が布団に横になる頃、宵の月は沈みかけていた。

「新選組、か」

 口に出してつぶやき、私は少しだけ気持ちが上向く。
 大層な名前だけど、それに見合うだけの組織だと思う。
 だから、嬉しくて。

「新選組、ね」

 もう一度つぶやいて、私は目を閉じた。



01.6.1# 〆

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