幕末恋風記[本編]

□三章# 会話一
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----03.1.1#芹沢との関係

(3章会話1)




 基本的に私は人の好き嫌いというのがない。
 だけど、私にもごく稀にどうしても相容れない人間というのがいないわけではない。

「葉桜さん、あの人なんなんですか!?」

 まず鈴花が稽古後の私に泣きついてきた。

「葉桜ちゃんはたぶん大丈夫だろうけど、気を付けるのよ」

 意味不明な言葉と笑顔を私に残して、山崎は仕事へ出てしまった。

 そして、私はヤツに会った。
 場所は山南さんの部屋で、私はいつものように書を読みに行っただけなのに。

「山南さん、お茶でもいかがですか?」

 書を読ませて貰う御礼にお茶とお茶菓子を持っていくのが日課になっていた私は、山南の部屋を目の前にして、固まってしまった。

 先客は目も覚めるような真っ赤な平服を着た見たこともない男で、私を見るや否や汚いものでもみるかのように眉根を寄せる。
 別に私は綺麗でもないけど、初対面でそんな顔をされる覚えはない。

「ああ、いただくよ」

 山南の声に我に返り、ヤツのいるのとは反対の隣に座り、私は山南にお茶を出した。
 先客がいるとは思わなかったから二人分しかなかったけれど、一応ヤツに自分のお茶を出してやる。

「お仕事の話ですか?」
「用が済んだのなら、さっさと出て行くがよかろう」

 答えは侮蔑を多分に含んだ響きで聞こえてきたので、温厚な私も一瞬ムカッときた。
 だけど、山南の前でそうそうキレる私など見せたくはない。

「仕事の話はもう済んだ処だから、心配いらないよ」

 ゆっくり読んでいいと言われたので、私は積み重なった本から一冊を取り、定位置に座って読み始める。
 私の定位置というのは、山南に寄り添う体勢になる。
 あの日以来、私はこうしているととても安心するのだ。

「これ」

 普段なら読み始めると滅多なコトじゃ集中も切れないんだけど、今日に限っては私も別だったみたいだ。
 ヤツの声が私にはとても耳障りで。

 イライラしているのが伝わったのか、山南が苦笑しつつ私の髪を撫でてくれる。
 大きな山南の手に撫でて貰っていると、とても心地良く、私の気分も落ち着いてくるのがわかる。

 私と山南の間に流れる穏やかな空気に当てられたのか、ヤツは機嫌悪く足音を大きく立てて出て行った。

 しばらくして、山南が口を開く。

「武田さんと何かあったのかい?」

 あーあれが鈴花の言ってた人かと私は納得した。
 薄々そうじゃないかと思っていたけど、まさか私から嫌悪するような人間がいるなんて思わなかった。

「いいえ、初対面です。
 あの人が武田さんですか」

 驚いている様子がわかるので私は書を読むことを止め、山南に向き直る。
 私を見る山南は、思いっきり微妙な表情をしている。
 ここに来るようになって、私はいろいろなことが変わっていって、山南のこともなんとなくだけどわかるようになった。
 中でも、時折山南が私に見せるこの微妙な困ったような表情は、見ていて楽しい。

 山南の大きな手が私の頬に添えられ、私もそれにすり寄る。

「ちゃんと眠れているようだね」

 山南の安堵の響きに、私も頷く。

「ずっと聞きたかったことがあるんだけど、いいかな」

 あれから、芹沢が死んでから約一週間が過ぎる頃だ。
 そろそろ聞かれるとは思っていたから、私は山南の手を離れて向かい合う。

「長い話になりますよ」
「聞かせてくれるかい?」

 山南に頷いて、たっぷりの間を置いた後、私は過去に想いを馳せながら静かに彼の話を始めた。

「芹沢は、あの人は私の――でした」

 芹沢は他愛もない子供との約束なんて、憶えていなかっただろうけど。
 それでも、私は彼のことが――。



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