幕末恋風記[本編]

□三章# 会話二
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* * *



 生徒の子供達がいなくなった後、山南と私で道場の片付けをしている最中、不意に山南が私に言った。
 鈴花は巡察に出ているから、今ここには私と山南の二人だけしかいない。

「葉桜君、一度手合わせ願えないかい?」

 道場内には薄明かりがあるばかりで、山南がどんな顔をしているのか私からは見えない。
 ただ声の響きだけで山南が真剣だとわかるので、私にもちゃかして終わらせることは出来なかった。

「一本だけですよ」

 本当は、私はずっとこの人の剣を見てみたかった。
 山南はとても穏やかで、滅多にその剣を見せないから、稽古の剣を見たところで大して本質は見えない。

 木刀を取り、私と山南はお互いに向かい合う。

「葉桜君の本気の剣を、私はまだみたことがないんだ」
「それは私もですよ」

 礼をし、山南は正眼に、私は両腕を下げて無限に構える。

「それが本気の構えなのかい?」
「我流の喧嘩剣術ですから」

 私はたんっと軽く床を踏み込む、それだけで山南の間合い以上に近づける。
 だが、もちろん山南にこんなのは防げる範疇だろう。
 一撃を奮って直ぐ、私は遠間に下がる。

「思ったよりも重い剣だ」
「でなければ、勝てないでしょう?」

 山南には私が誰にと言わなくても、その言葉の相手がわかるのだろう。
 私には山南が小さく頷くのが見える。

「もう一度いきます。
 防いでくださいね」

 私が床を蹴り飛ぶと、たんっ、と先程よりも軽い音が道場に響く。
 勝負は一瞬、と私と山南のどちらもが分かっていた。
 互いに遠間に離れた後、膝をついたのは私の方だった。

「ほら、山南さんのほうがっ、強いっ」
「ご、ごめん!
 思いっきり入っただろう!?」

 木刀を投げ出して、山南が私に駆け寄ってくる。
 私は別にこのぐらいは平気なんだけど、と思ったが、少し、いや、やっぱり痛い。
 私の隣に山南が膝をつく。

「避けた、つもりだったんですけど、けっこう、伸びますね」
「何か冷やすものを持ってくるよ」

 近くまで来ておいて、立ちあがろうとする山南の服を私は掴んだ。

「大げさです、これぐらいは」

 ひとつ大きく息を吐き、私は呼吸を整えて、山南を見上げて笑う。

「これぐらいは怪我に入りませんって」
「強がるんじゃない、痛いだろう?」
「痛くないです。
 もう、大丈夫」

 私がそうして笑ってみせると、山南は腕を伸ばして強く抱きしめてきた。
 これは、流石の私も痛い。

「すまない。
 葉桜君があまりに強くて手加減できなかった」
「それでいいんですよ。
 手加減したら、一生許さない所です」

 痛みが引いて、動けるようになったところで、私は山南の体を押し返す。

「やっぱり強いですね、山南さんは」

 私が言ったとたんに、山南にはため息を吐かれた。
 他の人なら私もふざけて怒ってみせるが、山南のため息の理由がわかっているだけに、私にも緩い笑顔だけが浮かぶ。

「小六の言うとおりだったら、嬉しいんだけど。
 そうじゃないようだね」

 小六の指摘は、私にとって半分当たりで半分外れだった。
 確かに山南は好きだが、好きは好きでも仲間として、だ。

 私は山南と戦いたくないわけじゃない。
 ただ、山南とは真剣で勝負しなければ私には勝てない気がしていて、だけど真剣で勝負したら、私は山南を殺してしまうかもしれない。
 相手が強ければ強いほど、私は真剣で手加減できなくなる。

 山南は大切な仲間だから、特別なやむを得ない理由がない限り、私の手にはかけたくない。

「山南さん?」

 山南から見つめられる切なげな視線に戸惑い、私は問い返す。

「子供は素直で羨ましいね」
「そう、ですね」
「私が同じように言っても、同じように返されるのかな?」
「そう……ですね。
 ――は、ええ!?」

 山南は何を急に私に言い出すのだろう。
 同じようにという意味を考え、私は困惑する。
 山南は好きだけど、やはり仲間は仲間で。

「はははっ、冗談だよ。
 葉桜君が私を何とも思っていないのはよくわかってるから」

 返答に困っている間に、山南には気持ちよく笑われてしまって、つられて私も笑う。

「あーもー驚かさないでくださいよ、山南さん。
 笑ったらお腹空いちゃった。
 夕餉を食べに行きましょうっ」

 先に立って私は出て行ってしまったので、山南が少し哀しげな顔でため息を吐いたことに気がつかなかった。

「手強いなぁ」

 山南のつぶやきも、私は聞かなかった。



03.2.2# 〆

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