幕末恋風記[本編]

□三章# 会話三
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----03.3.2#見廻りの後で

(3章会話3)




 見廻りから戻った私が真っ先にやることは、井戸に行って顔を洗うことだ。
 同じ水で浸して絞った冷たい手ぬぐいで、私は濡れた顔を拭き、汗を拭う。

「どうだったよ、葉桜。
 京の町の様子は」

 私がここに入隊して約一年。
 今では声だけで誰なのか、私にもだいたい分かるようになった。

「見慣れない浪人の増え方が異常。
 仕事増やすなっての」

 私はこれから何が起こるのか知っているだけに、悪態もつきたくなる。
 もうすぐあの日が、新選組の運命を変える、事件が起こる。

「まァそういうな」
「大体なんで私と沖田ばっかり絡まれんだよ。
 斎藤と出ても藤堂と出ても同じだし、楽ができるのは原田や永倉と出るときぐらいだ。
 ああ、あと源さん」
「あれで楽なのかよ」

 呆れきった永倉の声に、私は苦笑いを返す。
 沖田と組んで見回りに出ると大変なのはわかるのだろうけど、私が永倉と組んで出る時とどう違うのかなんて永倉は知らないだろう。

「ホラ、わかんだろ。
 沖田は喧嘩全部買うし、藤堂も買うし、斎藤は売るし」
「はははっ大変だなァ、葉桜」
「笑い事じゃないってーのっ」

 そうでなくてもここ最近は、非番で私が町をぶらついてるだけで絡まれる。
 変装とかって私が山崎に女装させてもらったら、もっと質の悪いのがひっかかるし。
 しかも、この場合はもれなく梅さんまで釣れてくれる。

 ぶつぶつと文句をいう私の頭を軽く叩いて宥めてくれるだけ、永倉は優しいと思う。
 原田辺りに言ったら、私は爆笑されて終わりだ。

「てか、なんでいつのまに私は一番隊副長助勤なわけ?」
「俺が知るわけねェだろ」
「仕事終わった直後だってのに、沖田がやり足りないから稽古しろって煩いんだよ。
 何とかしてよー」

 私が泣きつくと、永倉は本気で笑いやがった。

「オメー、また手ェ抜いて稽古してやがんな?」
「別に手を抜いてるつもりはないよ」
「ウソつけ」

 永倉には何度か私の仮想敵、対芹沢をさせているので、薄々感づかれているとは思っていたけど。
 そのせいで私の手の抜き具合というのは分かるものらしい。

「ここ最近のオメーはなんか気ィ抜けてるからよォ、総司も心配なんだろ」

 確かにあれ以来、私は気が抜けていると言えば、そうかもしれない。
 芹沢がいなくなって空いてしまった私の胸の内にある虚ろの穴はまだ空っぽで、ヒューヒュー風が通り抜けていく。
 私も隊務の最中だけはそんなことも忘れられるんだけど、それ以外の時は普段のやる気のなさが二乗されてるぐらいに腑抜けていると自分でも実感している。

 そこまで考えて、やっと私は思い至った。
 「も」てことは永倉にまで私は心配されているのか。

「悪いな、心配かけて」
「おぅよ。
 だから早くいつものオメーに戻ってくれ」

 永倉からは否定でなく、なんだかやりにくいんだよ、と零された。



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