幕末恋風記[本編]

□三章# 会話三
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* * *



 永倉と別れた私が道場に行けば、入る前からこちらに近付いてくる気配がある。
 そのまま私が入らずに待っていると、案の定沖田が満面の笑顔で道場の戸を開けてくれた。

「葉桜さんっ」

 こいつはよく懐いた犬みたいだなぁと微笑みながら、私は沖田の言葉を先に続ける。

「沖田、今は稽古の相手、頼める?」

 私の誘いが意外だったのか、一時沖田が目を丸くし、次いで目を細めて本当に嬉しそうに笑った。

「はいっ」

 これが見た目通りの少年ならいつだって相手してやるんだけど、沖田の稽古はこいつが飽きるまでと相場が決まってて、しかも恐ろしく長い。
 若さ故か、沖田の体力は無尽蔵といっても過言でないのだ。

 鈴花や他の平隊士はあれは稽古じゃないとかって逃げ出すし、近藤や土方は忙しくて滅多に道場まで来られない。
 永倉や原田や藤堂は他の隊士の面倒を見るとかで逃げやがるし、斎藤に至っては汗をかくのが嫌だとかぬかしやがる。

 事情も知らずに最初に沖田と稽古したのが私の運の尽き。
 あとは沖田が道場にいるときは自然、相手が私になるようになった。

 沖田と私は向かいあって、木刀を構え、礼をする。

「今日こそは手加減無しでお願いしますよ」
「どーしよっかなー?」

 私が本気の剣を振るうとき、それは沖田を救うとき。
 そう言ったら、沖田はどんな顔をするだろうかと考えかけたが、私は意識を目の前に切り替えた。
 稽古と言えど、沖田との稽古は私にも命のやり取りにとても近い。
 私がよそ見できるほど、沖田の相手は容易ではないのだから。



03.3.2# 〆

三章# 会話三# 〆

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