幕末恋風記[本編11-]

□十三章# 会話一
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----13.1.1-自主謹慎

(13章会話1)

(永倉視点)



 あの事件、梅さんが消えた日に屯所へ戻ってきたその日から葉桜は謹慎している。
 自主謹慎だと、左之から聞いた。
 あいつにしては珍しいことだ。
 何よりも閉じこめられ、動けないことを嫌う葉桜だから、自ら謹慎するなど考えられない。
 山崎は体調を崩しているから迷惑をかけたくないんでしょ、とふてくされてように言っていた。

「なに怒ってやがる」
「べっつに〜」

 誰が見ても不機嫌に呟いて、気にならない方がどうかしている。

「あの子なら、真面目〜に謹慎してるわよ。
 行ってみれば?」

 どこか何かを含んだ物言いに、とにかく足を向けた。
 話だけで理解できるような簡単な女じゃねェことぐらい、最初っからわかってることだ。
 疑問は葉桜自身に問いたださなければ、答えなど見つけられない。

 最初に感じたのは違和感だった。
 葉桜の部屋近くはいつでも穏やかで包み込むような空気に満ちていて、近づくだけで気持ちが落ち着いた。
 だが、今はとても静かだ。
 誰もいないように感じるほどに。

「なんでェ、いるんじゃねェか」

 部屋の中では珍しく背筋を伸ばして正座し、両手を膝に置いて、瞑想している葉桜の姿がたしかにある。
 こちらの声は聞こえていないのか、微動だにしない。
 眠っているのかと近づいてみるとぱちりとその両目が開いて、俺を見据える。
 迷い無い、深いその色の奥に吸い込まれそうだ。

「何か用か、永倉」

 いつもの広がるような深さじゃねェ。
 突き抜けるように真っ直ぐな井戸のような深さだ。
 ぽっかりと葉桜の中に穴でも開いているかのようだ。
 らしく、ねェ。
 オメーにそんな顔は似合わねェよ。

「意外と元気そうじゃねェか」

 いつもならころころと変わる表情が微動だにせず、俺の言葉を待ってる。
 その姿に背を向けて座る。

「オメーは梅さんが死んだのを見たんだろ?
 その割に」
「……で、ない」
「あぁ?」

 振り返りかけて、ひゅっと息を飲んだ。
 いつのまにか喉元に、鞘に収まった懐剣が突きつけられている。
 わずかな良心が抜くことを止めたか。

「あんだよ、これは?」
「梅さんが死んだなんて、簡単に口にするな」

 一言一句を自分を押さえ込むようにゆっくりと語る。

「あの人は簡単に死なない。
 ……死なせや、しない。
 私は、間にあわなかった。
 でも、約束した」

 懐剣を突きつけている手を取り、振り返る。
 声も震えてはいない、涙も流れてはいない。
 だけれど、深い後悔と悲しみが伝わってくる。
 俺には目の前で泣きじゃくっている女が見える。

「梅さんは、死んでない」
「もういい」

 ぐいとその腕を引き寄せ、頭を胸に抱きこむ。
 暴れもしねェなんて、葉桜らしくない。
 だけど、こいつはいつも強がっているだけで、本当はこんなに弱い奴だったのかもしれない。

「何もしゃべんな」

 腕の中で葉桜は弱りきった小動物みたいに弱々しい。
 こんなになるまでひとりで抱え込んで、何もかもひとりで背負い込んで、よほどの強さがなけりゃ耐えきれるもんじゃない。
 笑うことさえ出来ないほどに弱りきったこいつに、俺は側にいる以外に何が出来るだろう。

「また、何もできなかった」

 胸の内で小さくくぐもった声が響いてくる。
 それは絶望の言葉だ。
 初めて聞く、葉桜の弱音。

「守られてばかりで、守れない私が生きてなんになる」
「命一つ救えない私に何をしろというんだ……っ」

 髪を梳くように撫でてやると、小さな小さな震えが伝わってくる。
 素直に泣き叫ぶことも出来ないから、こいつはこんなに辛いんだと思う。
 だから、その耳に小さく囁いてやる。

「泣いちまえ、葉桜。
 誰にも言わないでやるからよ」

 ぐいと襟首を掴まれ、顔を押しつけてくる素直な葉桜の背中をあやすように叩く。
 俺だけに聞こえる小さな小さな泣き声を穏やかな気持ちで聞く。
 こいつもただの女なんだなと、珍しく神妙に思った。

 普段の葉桜は呆れるほどに強くて、何でもかんでも笑い飛ばせるような強い女だ。
 だけど、時々どうしようもなく小さく見える時もある。
 だけど、その涙は誰にも見せることなく一人で飲み込んできたのだろう。
 そうできたのは、彼女に守りきれた笑顔があったからだ。
 どんな状態でも笑顔で返せる。
 それが、葉桜の強さだ。
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