幕末恋風記[本編11-]

□十三章# 会話二
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----13.2.1-怒り代理

(13章会話2)




「なんでおまえはそうなんだよ!」

 夕餉を食べている最中に葉桜の前にイライラと腰を下ろした原田を、きょとんと見つめる。
 今一番新選組内で荒れているのはこの人だ。
 箸を咥えたまま、手元の茶碗を見る。
 これで三杯目なのがいけないとでもいうのだろうか。

「え、おかわり禁止?」
「ちっげーよ。
 そうじゃなくて」

 自分の膳を見下ろす。
 既にほとんどの総菜は食べ終えている。

「……おのこしはゆるしまへんで?」
「どこで、んなの聞いてきた」
「へ?
 知り合いの定食屋の坊主」

 隣で横になって腹を休めている永倉が呆れたようにかけてくる声に返すと、声に出さずに笑っている。
 そんなに面白かっただろうか。

「そうじゃねーっつってんだろ!
 なんで葉桜は怒らねぇんだっ。
 篠原はおまえを犯人だって言ってんだぞっ?」

 鍔を飛ばして怒ってくれているが、葉桜としては困ってしまう。

「うーん、怒る理由がないしな」
「なっ」
「だってさ、今、私が犯人じゃないって言ったところで篠原さんが信じると思うか?」

 山崎から聞いた状況から察して、篠原が葉桜を犯人だと考えても不思議はないと思う。
 もし自分が同じ立場だとしたら、やはり最初はそう考えそうだ。

「そ、そりゃー」
「原田だって、考えないこともなかったろ?」

 にやりと笑ってやると、黙り込んでしまった。
 静かになったところでご飯を掻きこみ、箸を置く。
 ここにいるとどうやら原田の気に障るようだ。

「ごちそうさまっ」

 立ち上がって部屋を出るときに、ようやく背中に声をかけられ、振り返る。

「まぁだ、何かあるのか?」
「俺は葉桜が犯人だなんて思ってねーよ」

 こちらを真っ直ぐ真摯に見つめる原田の瞳を、こちらもまっすぐに見つめ返し、笑う。

「はははっ、ありがとう。
 原田」

 本当なら、濡れ衣を着せられるのは原田だった。
 結果的にとはいえ、それは全部葉桜に向いてくれたのは幸運だ。
 彼に余計な荷を背負わせなくて済む。

「葉桜、おまえ……」
「その言葉はありがたくいただいておくよ」
「………」
「じゃ、私はもう眠るから。
 邪魔するなよ?」

 奥で永倉が「早っ!」とか驚いて体勢崩しているのを笑い、葉桜は部屋を後にした。

 こうなってしまうことはわかっていたのに変えられる未来はほんのわずかで、どうにもできない自分が歯がゆい。
 だけど、後悔していてもどこへ行くことも出来ないから、だから、自分に出来るのはしっかりと前を見据えて最悪の事態を避けることだけだ。

 薩摩のことは、話せなかった。
 それはたぶん自分の心の問題なのだと思う。
 葉桜自身は薩摩全体が敵だとは思わない。
 だからこそ、梅さんを半次郎に託したのだ。
 それがかえって足枷となって、約束の制約を起こしているのだと思う。

 薄暗い縁側で胸元から例の二枚の紙を取り出す。
 一枚にある梅さんの名前はもううっすらと薄れている。
 ここからなくなれば、きっとあの人は生きている。
 もう一枚には「油小路事変」の文字。
 その日付まで、もう幾日もない。
 伊東さんもだけど、御陵衛士となっている藤堂が危ない。
 そして、藤堂を好いている鈴花も。

 夜空の月を仰ぐ。
 近々近藤たちが伊東との会見を設けると言っていた。
 上手くいっても行かなくても、葉桜は伊東の護衛をしようと考えている。
 今の新選組には、誰よりも信用できない人物がいるから。

 近藤たちの部屋の前、気配を隠したまま立ち止まる。
 どこまで話せるか分からない。
 だけど、言えるなら。

「近藤さん、土方さん。
 葉桜です」

 自分の行動だけでも伝えておくことで、二人が気がつけることがあるかもしれない。
 今回の薩摩の関わりまで話せればいいのだけど、そこまでいかなくても匂わせることさえ出来れば。

 決意を胸に、葉桜は局長室に足を踏み入れた。



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