幕末恋風記[本編11-]

□十三章# 会話二
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 早朝、誰もいない道場で正座し、両目を閉じて瞑想する。
 これからのために、戦いの準備のために。

 近藤たちに話せることはじっさいにこの目でみたことだけで、他には何も話すことが出来なかった。
 大石のことも。

 あの眠っている空白の時間に何があったのか、葉桜自身は何も知らない。
 起きたときには既に才谷も石川も斃れていたから。
 犯人は誰なのか、梅さんは言っていなかったけれど、誰であるかの目星は付いている。
 だからこそ、今は真剣に鍛錬をしなければ。
 相手が相手なだけに、敵も味方もなくなってしまう危険がある。
 もしもの場合、御陵衛士と戦わなければならないかもしれない。
 彼らだからこそ、手加減は出来ない。
 いつものごとく峰打ちという真似では、新選組を危険にさらしてしまう。
 だから、久しく使わない剣を使わなければならないだろう。

 傍らの鞘に収まっている小太刀を正面に構える。
 それだけで、全身に震えが走る。
 自分に、彼らを殺せるだろうか。

 影が揺れて、芹沢を形作る。

「らしくねぇ」

 そんなことわかってる。
 殺す決意をするなんて、私らしくない。

「絶対諦めないのが、葉桜だろう」

 だけど、もう方法がひとつしかみつからない。
 会見がもしも失敗すれば、伊東さんたちと戦うことになったら私は。

 夢だとわかっているのに、問いかけをやめられない。

 全身を覆う汗が、米神を通る雫がぽたりと葉桜を離れる。
 その一瞬に剣を抜き放ち、影を斬りつけた。

「はぁっ!」

 彼はただ揺らいで笑うばかりで、「ばーか、似合わねぇぞ」と笑うばっかりで。

 葉桜は大きく肩で息を吐いた。
 たしかに、らしくない私がどれだけ頑張ったって、後悔しか生まれない。
 そんな簡単なことを忘れていた。
 剣を鞘にしまう。
 口元には笑いが静かに溢れてくる。

「たしかに、らしくないや」

 未来を変えるなんて容易じゃないって、最初っからわかってて引き受けた仕事だ。
 投げ出すなんて有り得ないし、諦めることだってできやしない。
 ただ出来るのは。

 ぐっと己の拳を握りしめる。

(できるのは、精一杯戦って守り抜くことだけだ)

 道場の扉が開けられ、入り込んでくる朝の光と、冷たい風に葉桜は目を細めた。



13.2.1# 〆

十三章# 会話二# 〆

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