幕末恋風記[本編11-]
□十三章「奸賊ばら」 # 本編
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「あ」
目の前で起こっていることに、固まった。
まさか、と。
ええと、鈴花ってそういう子だったっけ。
いや、私の知らない間に成長してたってこと、だよね。
でも、なんか大切な妹をとられたような寂しさと、手を離れて女として巣立ちかけている嬉しさで、想いが複雑だ。
もちろん葉桜だって、経験がないワケじゃない。
極最近同じように自分からしたばかりだ。
二人がいなくなってからも、私は山南の腕の中にいた。
指で自分の唇に触れる。
手入れなんてしていないから、冬の空気で乾燥している。
鈴花みたいに可愛い唇じゃない。
でも、約束をした唇だ。
「…山南さん、梅さんは生きてるよ」
「今は、どこに?」
「たぶん薩摩にいるハズ。
だけど、きっと怪我が治っても出てこられない」
今の才谷には敵が多いから、それでいいと思う。
半次郎がいるなら、たぶん大丈夫だ。
だけど、終わってからも解放してくれるかどうかはわからない。
「薩摩だって?」
「平和になったら、助けてやって欲しいんだ。
たぶん、一人で出てくるのは大変だから」
「それはかまわないが…何故…」
ぽつりと言葉を零す。
一週間、新選組を離れ、才谷、石川と共に過ごしていたこと、そして、あの日のことを。
「新選組ではまた狙われる。
だけど、半次郎なら上手く匿ってくれる。
まさか、狙っている本人が薩摩にいるなんて、お…」
久しく山南の前では起きなかった発作が出てくる。
咳が止まらない。
どうして、流れを離れているはずの人なのに、話せないの。
「ーーーー」
もう一度試みようとすると、今度は声が出ない。
話しているつもりなのに、声自体が自分の耳に届かない。
山南も聞こえている様子はない。
こんなことは初めてだ。
いくら制約といったって、なんで声が出なくなるなんて。
そういえば、他の言葉は話せるのだろうか。
「…さっきの藤堂と鈴花ちゃん…」
出た。
てことは、やっぱり制約、か。
「え、あ、ああ。
あれは少し驚いたね」
「二人には、幸せに生きて欲しいな」
鈴花から聞いたことがある。
彼女の夢は本当に他愛もない普通の生活で、大好きな人と一緒に、平和に暮らすことだって。
それが、叶うと良い。
「そうだね」
こうして今普通に話せると言うことは、まさか、また山南は流れに戻りかけているのか。
見上げると、くしゃりと葉桜の前髪を掻きあげて、柔らかく微笑んでくれる。
「いつかは、葉桜君も」
「え?」
「葉桜君もそうなってほしいよ」
何を、言っているんだろう。
私が、幸せに?
私の、幸せ。
「それは、なかなか大変」
「そうかい?」
「だって、私の幸せは皆が幸せになることだから」
なんでそんなに驚いた顔をするのかわからない。
前から言っていることなのに。
「あ、でも…」
「?」
「今はもうひとつ、あるかも」
「それは、どんな?」
実現するかどうかはわからないけど、小さな願いが生まれてる。
山南が新選組にいて、伊東さんたちが入ってきたあの日のように。
皆で笑い合っていられたらいい。
唇に触れる。
約束の証はまだ感触を憶えている。
大丈夫、梅さんは生きる。
「今はまだ叶わない夢だけど、一緒に叶えてくださいね。
山南さん」
笑いかけると、山南は同じように笑って返してくれた。
13.6.1# 〆