幕末恋風記[本編11-]

□十三章「奸賊ばら」 # 本編
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----13.6.1-二人




 伊東との会見に備えて、討伐班を組織することになった。
 その指揮には原田が名乗り出たらしい。
 どうやら、まだ篠原のことを根に持っているらしい。
 本人は違うと否定しているが、その様子自体が嘘だと物語っているので可笑しく笑っていたら、怒られた。

 そして、当日の朝から葉桜は壬生寺まで足を運んでいた。
 本当は山南の顔を見たくてここまできたのだけど、どうしてもここから先に進む勇気が出てこない。
 たぶん、山南も噂を聞いていることだろう。
 どんな顔をするだろうか。
 信じていないだろうなとわかっていても、会うのは怖い。
 あの人に責められるのが一番堪える自分に今さらのように気が付いた。

「あー…どっすっかなー…」

 境内裏手で落ち着いてしまった身体を揺らして考え込む。
 会いたい。
 だけど、会うのは怖い。
 悪戯がバレて、母上に叱られに行くときと同じ気分だ。
 後に送ってもどうせ怒られるなら、とさっさと済ませていたけど、あれは戻ってくると父様がいるってわかっていたからであって、今はそんなひとはいない。

 第一、どこから話したらいいのだろう。
 いくら流れから外れたとはいえ、どこまで話せるのかもわからない。

「いつまで隠れているつもりだい、葉桜君」

 ずいぶんと近い距離から当人の声が聞こえて、慌てて気配を探れば。

「いつから居たんですか、山南さん。
 てか、どうしてここに?」

 近寄ると、簡単にその腕に収められてしまう。
 とても久しぶりで優しいその香をめいっぱいに吸い込んで感じる。
 たったそれだけで嬉しくなっている自分を現金だなーと葉桜は笑った。

「小六が知らせてくれたんだよ。
 葉桜君がここにいる、とね」

 どうやら自分は周囲に気を配れないほど、考え込んでいたらしい。
 よりによって小六に見られていたことに気が付いていないなんて、不覚もいいところだ。
 くすくすと笑っていると、顎を掴まれ、上向かされる。
 そこには私を心配している山南の深い瞳があって、驚いている私が映っている。
 ああもう、本当に嫌だな。
 見透かされそうだ。

「きちんと食事はとっているかい?」
「はい」
「睡眠は」
「最近は寝過ぎ!って皆に怒られるほどですよ」

 笑いながら答える葉桜を見つめる山南は少しも笑っていない。

「…つらくはないのかい?」

 やっぱり、聞いているんだろうなと感づいた。
 手を伸ばして、山南の頬に触れる。

「そりゃ、辛くないなんて嘘は言えませんよ。
 でも、」
「でも?」
「もう、大丈夫です。
 やるべきコトがあるって、わかってるから」

 最初から、葉桜は新選組を守るためにいるから。
 近藤と土方のいる新選組を守ると決めているから。

「だから、もう大丈夫です」

 本心から言えたと思う。
 本心から笑えたと思う。
 だけど、山南はどうしてこんなに苦しそうなんだろう。
 身体を反転させ、山南に正面から向き直って、その顔を覗きこむ。

「山南…」

 その声をかけようとしたときに気配が現れ、慌てて葉桜は山南を本殿の中に引っ張り込んだ。
 消してはいるけど、これはたしかに藤堂のものだ。
 あたりに気を配って、誰かを待っているみたいだ。

「藤堂君…?」

 何か言いかける山南の口を片手で塞いだところで、もうひとつの気配がぐんぐん近づいてくる。
 これは鈴花だ。
 こんなところで逢い引きしてたのか。

「はぁ、はぁ…平助君!」

 走ってきた鈴花が息を整えて叫ぶと、藤堂がほっとした声音を出す。

「鈴花さん、来てくれたんだ。
 …会いたかった」

 こんなところで人目を忍ばなければならない二人に、胸が痛い。
 そもそも対立させなければ、この二人にこんなに辛い逢瀬をさせることなんてなかったのだから。

 お互いの状況を報告している中で、藤堂が大石を怪しんでいることがわかる。
 あれほど、何もするなと言ったのに、大石は何をしたんだ。

「オレ、近江屋に行く途中で大石さんを見たんだよ。
 血痕のついた着物を着た大石さんをね」
「しかも、あの人はオレたちをからかうように、坂本さんの殺害をほのめかしたんだ!」
「そのあと坂本さんの所へ行ったら、鈴花さんたちがいて」

 初めて聞く話だ。
 誰も、そんなこと言ってなかった。
 いや、知らないのか。
 血痕のついた、着物。
 そんなことがあったから、篠原はすぐに新選組を疑ったのか。
 それにしても、短絡過ぎないだろうか。
 まだ、私の知らない事実がありそうな気がする。

 考え込んでいる葉桜を山南がふいに後ろから抱きしめる。
 それを咎める前に藤堂と鈴花の間に奇妙な間が訪れている。
 なんだろう。
 さっきまでと空気が違う。
 なんていうか、これは知らない鈴花だ。
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