幕末恋風記[本編11-]

□十三章「奸賊ばら」 # 本編
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「その時分、大石君には見廻組を見張るようお願いしていた」
「ええ、確か見廻組の様子が怪しいということから坂本さんの暗殺を予想したんでしたよね」
「そん時にさ、坂本竜馬を守るためなら見廻組でも斬り捨てろって言っておいたんだ。
 もしかして大石君は坂本竜馬を助けるべく剣を振るったのかもしれねーぜ?
 着物の血痕は見廻組の誰かのものってワケよ」
「でも、それなら何故大石くんは藤堂くんにあんなことを言ったのでしょうか?」
「少なくとも新選組は坂本竜馬襲撃指令など出しちゃいねぇよ。
 逆に守ってやろうとして人を送ったら、こんな結果よ」

 私は聞いていないけど、それでも近藤ならきっとそうすると思った。
 両目を閉じれば、その光景が目の前に浮かび上がってきそうだ。

「葉桜さんも、そうなのですか?」

 問いかけられ、びくつくことなく葉桜は目を開く。
 あの時のことを思い出す度に、自分に怒りが湧いて、どうしようもなく悲しくて、みっともなく泣きわめいて八つ当たりしたい自分も、もう今日は眠ってしまっているのだろうか。

「私は、梅さんが殺されたあの夜まで一週間の休暇をいただいていました。
 その間、ずっと梅さんたちと過ごしていました」
「…休暇?」
「私は、あの夜に梅さんが殺されることを知っていたんです」

 まっすぐに言い切ると、今夜初めて、伊東の強い意思の宿る瞳が揺らいだ。
 表面には決して出さないところは流石だ。

「知っていた?
 葉桜さん、じゃあ、どうしてっ」
「しっ、黙ってお聞きなさい。
 鈴花ちゃん」
「だって、山崎さん!
 だったらどうして葉桜さんは、梅さんを見捨てたんですか!?」

 鈴花の責めにただ笑いかけると、彼女が静まった。
 小さくごめんなさいと謝る優しい子に、いいよ、と声をかける。

「あの一週間、私は体調を大きく崩し、二人には迷惑をかけっぱなしだった。
 だけど、二人は何も聞かずに私をそばにおいてくれた」
「見廻組の連中が来たとき、梅さんが短銃を撃った音で私は目を覚ました。
 即座に二人を斬り捨て、残りは逃がした」
「な、何故…!?」
「殺す必要はなかったし、それ以上剣を振るだけの体力も無かったから。
 そのまま、私はまた眠ってしまったんだ」

 後のことは思い出すだけで吐き気がこみ上げてくる。
 それを堪えて話す。

「次に血の匂いで目が覚めた。
 見廻組の連中を斬ったときの匂いだと最初は思ったんだ。
 だけど、それは石川と梅さんの血の匂いだった。
 起きたときには全部、終わってしまっていたんだ」
「まだ息のあった梅さんにすぐ応急処置をしたけど血は全然止まらなくて、私一人では本当にどうしようもなかった」

 思い出すだけで、石川の冷えてゆく身体が、梅さんの呻きが自分の目の前に蘇ってくるような気がして、葉桜は震えそうな自分の身体を拳を握って堪える。
 目はまっすぐに見据えたままだから、気が付かれはしないだろう。

「皆に言っておかなければならないことがある。
 ーー梅さんは、生きている」

 それぞれに驚いた顔をしている面々に強いまなざしを向ける。

「信頼できる人に私は梅さんを託した。
 だから、絶対に、梅さんは生きている」

 一言一言を噛みしめて、自分の中にも言葉を収める。
 そうすることで、自分も才谷が生きていることをはっきりと信じられる気がする。

「梅さんは、こんな風に誰かの駒にされて終わっていい人じゃない。
 そう思うだろう、近藤さん、伊東さん?」

 今の自分にできることは、半次郎を信じることしかできない。
 だからこそ、一人一人に強い笑顔をむけた。
 真実の笑顔には信じられる力があると思うから。



13.6.2# 〆

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