幕末恋風記[本編11-]

□十四章# 会話四
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14.4.1-何の用だよ?

(原田)

(原田視点)



 その姿を見たとき、一瞬息を飲んだ。
 余りに普段のあいつとは違いすぎていたから。
 すれ違い様に掴んだ腕は余りに細くて、折れてしまいそうだったから。

「おい、オマエ。
 ……葉桜、か?」

 平然と屯所に入る人影を止めたつもりが、見慣れない同僚の姿に言葉を失った。
 だけど、葉桜はそんな俺のことを気にも留めずにいつも通りに笑い返してくる。

「お、さすが原田。
 よく私だとわかったな。
 ……野生の勘ってやつか?」

 質素ながらも無地の着物をしゃなりと着こなし、笑顔とともに簪がリリリ……と音を立てる。
 そんな姿を見るのは初めてで、女だったんだなと改めて認識したのに、その一言さえも出せない。
 しかし、葉桜はそんな俺の動揺を気にすることもなく、手を取った。

「原田。
 ヒマならちょっと相手しないか?」

 葉桜がまっすぐに人の目を見て話すヤツだって知っているのに、今はその真っ直ぐな視線が照れくさくて、俺は慌てて手を離す。

「な、なな何のだよ……っ」
「何って、稽古だよ」

 他に何かあるか?
 と小首を傾げると、普段は気にならない細い首筋があらわになる。
 こんなに女らしい女だっただろうかと思い返しても、今の姿があまりに印象強すぎてしまって思い出せない。

「じゃあ、先に道場に行っててくれ。
 私は着替えてから行くから」

 軽やかな足どりで機嫌良く葉桜を、その姿が見えなくなるまで目で追い、それから顔を片手で覆う。
 それでも、脳裏に残る印象的な姿は消えてくれない。

 葉桜はただの仲間で、女だなんて意識することなんてないぐらいに俺の中に溶け込んでいて、女だなんて意識する必要がないほどに頼りになるやつで。

「……いきなりこれは強烈だろ」

 空を仰ぐ。
 ぐらりと心が傾いているのがわかる。
 これまでずっと忘れていたことが急に現実味を帯びて、世界が葉桜の色に染まるような気がする。
 違いなんて、格好だけのハズなのに。

 これから一緒に稽古をすることになったが、俺は普段通りでいられるだろうか。



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