幕末恋風記[本編11-]
□十四章# 会話四
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* * *(葉桜視点)
槍相手の稽古はさすがに原田の方が最適だ。
もともと槍術の得意なものなど周りにいなかったので、彼との稽古は技の発見が多くて楽しい。
「ハァッ!」
気合いだけで倒れた相手を見下ろし、木刀を突きつける。
「ま、参った」
ただそれは相手にやる気がないと全然楽しくない。
気の抜けた相手との稽古じゃ、まったくもって楽しくない。
「原田ー、やる気ないのな?」
相手は答えず、稽古が始まってからもこちらを直視しようとしない。
巫山戯ているとしか思えない。
倒れている原田の胸倉を掴み、引き寄せる。
「うわっ、何だよっ!」
「たしかに相手しろとは言ったけど、これじゃ意味無いじゃん」
ふと、その顔がわずかに赤いことに気がつく。
「何だか様子が変だな。
熱でもあるのか?」
「……んなことあるかよ」
やっと喋った。
「だけど、態度が不審なんだよねー」
「不審って何なんだよ」
「私、何かまずいコトした?
それなら謝るから。
原田にこーゆー態度とられると困るよ」
胸に顔を寄せる。
彼らしい鼓動の音が聞こえてくる。
「あ……」
「そのまんまで、いてくれよ。
私の居場所、消さないで」
気がつかないわけ、ない。
原田の反応はとてもわかりやすい。
だから、困る。
「葉桜」
戸惑う声に繰り返す。
変わらないことを、願う。
彼には間違えてほしくないから。
私ではなく、他を見つけてほしいから。
「ただの私でいられる居場所を、消さないでくれ」
揺らぐ瞳でその顔を見上げる。
さらに赤くなりつつも、その顔が照れとは違う風に赤くなる。
「んだよ、それ」
その名は、怒り。
「なんだよ、それっ」
「ふふ、私みたいな男女を好きになっても、不幸になるだけだぞ?」
「っ!
だ、誰がっっっ」
叫ぶ原田から素早く身を引き、木刀を手にして、突きつける。
「さあ、続けよう」
言葉と共に打ちかかろうとする葉桜を交わし、素早く槍の間合いになる原田。
その顔はまだ怒りで赤く、なのに動揺で蒼白だ。
「おい、葉桜」
「ごちゃごちゃ言ってると、怪我するよ!」
ダンッと力強く踏み込んで打ちかかる。
戸惑いつつも、槍術ではやはり敵わないこともおおい。
特に、こんな風にお互いに心乱れているときには、ただ打ち合わせているだけとも言える。
それでも、今はそうしているだけでもいいと思った。
原田が集中してくると、だんだんと力の度合いが変わってくる。
手加減なんてさせないために、こちらも踏み込みを強く、打ち込みも強くしてゆく。
打ち合わせる木と木の音の旋律が身体に心地よく響いてくる。
「俺は別にそんなっ、じゃなくて。
ただちっと驚いただけでっ、よ!」
「んなこと聞いてないってーのっ」
ガキンと噛み合わせた互いの得物を挟んで真っ直ぐに向かい合う。
もう原田の瞳は逸らされることなく、真っ直ぐに見つめ返してくる。
「それに、葉桜を男女だなんて思ったことなんてねーよっ」
その本当に真っ直ぐな言葉に戸惑ったのは葉桜の方で、緩んだ力の弾みで吹き飛ばされる。
受け身は取ったけれども、飛ばされた衝撃は大きく、受け流しきれない力で床に打ち付けられる。
少し身体が痺れて痛い。
「悪ぃ!
大丈夫か、葉桜っ!」
「……だ、大丈夫」
抱き起こされて、顔が近いことに自分の方が動揺してしまって、思わず葉桜は顔を逸らしていた。
それを咎めるように強く身体を抱えられ、驚いて原田を見ると、彼も顔を逸らしている。
「別に葉桜をそういう風にみるつもりなんかねーよ。
ただ、なんで自分をそんな風に言うんだ?」
「俺は大抵の女といるとあがっちまってよ、あんま上手く話せなくなる。
だけど、葉桜といるときはなんつーか自然体でいられて、その、楽なんだ」
「だからって、それを好きだとかそんなんに当てはめるワケじゃねー。
けどよ、そんなんじゃなくても葉桜はちゃんと女だって」
照れている原田とは対照的に、葉桜は目の前が白くなっていくように感じる。
それは、漠然と考えていたモノが急に現実味を帯びて、迫ってくるような感じだ。
「えーっと、その、なんだ。
ま、まあ、わかってるって言いたいだけだ!」