幕末恋風記[本編11-]

□十四章# イベント(A)
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----14.5.1-艶姿

(近藤)




「深雪ちゃ〜んっ」
「まあ、葉桜様!?」

 部屋に入ってきた深雪太夫に抱きつくと、彼女は目を丸くして驚いてくれた。
 綺麗に着飾っている彼女はこれからお仕事。
 仕事相手は当然ながら、新選組の近藤局長だ。
 深雪太夫は彼の御贔屓さんなのだ。

「当然といえば当然ですけど、綺麗におなりですわ。
 深雪も思わずときめいてしまいました」
「冗談言ってないで、私の着物返して〜。
 深雪ちゃんがうんって言ってくれないと、皆がダメって言うからさ〜っ」

 そして、葉桜もここに来たときの男姿とは打って変わって、深雪のように幾重にも着物を重ね、髪をしっかりと結い上げ、いくつも簪を差した太夫姿である。
 動きづらいどころじゃない、大立ち回りさえできない。
 かといって、これはすべて深雪太夫の持ち物で、一枚一枚の着物、一つ一つの小物のどれ一つをとっても高価に違いないのだ。
 うかつに動けないのが現状である。

「うふふ、ダメですわ」
「そんなぁ〜」
「せっかくお着替えしたのですから、お披露目してはいかがです?」

 ひくりと顔が引きつる。
 彼女が何を言いたいのか理解したからだ。

「深雪ちゃん、冗談だよね?」
「まあ、深雪はいつでも本気でしてよ?」

 普段は大人しいがモノははっきり言う人だと知ってはいたし、葉桜もそういう深雪太夫の性格は大好きだ。
 だけど、こういう場合は別。

「それだけは勘弁してよ〜。
 近藤さんにこんな恥ずかしいカッコ見られたら、新選組に戻れないっ」
「ダメです。
 今日こそは近藤様にはっきりしていただかないといけませんから」

 ぐいと強く腕を引かれるのになすがまま、周囲の手も借りて、部屋を出る。
 うぅ、周りの視線が痛いんですけど。

「最近の近藤様は葉桜様のお話ばかりですの」
「だから、それは単に仲間だからだってば。
 近藤さんは父様みたいなもので」
「葉桜様がそう思っていらしても、近藤様はどうかしら?」

 それほどの距離も進まないうちにひとつの部屋の真ん前に深雪と並んで据えられる。

「観念してくださいまし、葉桜様」
「うぅ、深雪ちゃんのいぢわる。
 お披露目したら帰るからね?」
「うふふ」
「みーゆーきーちゃーんっ」

 泣きついてもダメらしい。

 深雪太夫に倣って、頭を下げると、禿が両側から襖を開く。
 顔を上げなきゃ気がつかれないだろうが、ここまできたら腹を括るしかない。
 これは、深雪太夫のお遊びで、ちょっとした仕返しなんだから。
 要は、近藤さんが深雪ちゃんを一番って思ってくれれば良いわけだ。

「みんな、待ってたーっ?
 今日はみんなに会えるの、楽しみにしてたんだよ〜」

 誰ですか、この締まりのない声は。
 ああそうか、近藤さんしかいないよな。
 近藤さんが久々に皆を呼んだとは聞いたけど、だからって私まで巻き込むことないじゃないか。
 ただ昼寝に来てただけなのに。

「私も寂しゅうございましたわ。
 ずっとお見限りで…。
 近藤様がいらっしゃらなくて、ここも火が消えたようで」

 近藤さんが深雪太夫に着物の包みを差し出している。
 ああ、あれは深雪太夫によく似合いそうだ。
 近藤さんの見立ては、やっぱりすごい。
 私も今度、何か持ってこようかなぁ。
 それとも反物屋呼んでみんなに選んでもらった方が早いかなぁ。
 …いやいや、流石にそれはいけないよね。
 巫女の名前で出来ないことはないけど、そんなことしてたら大変なことになる。

「ところで、そっちの彼女は?
 見たことないけど…」

 げ、こっちに興味を示してきた。
 やばい、と顔を上げずに声を変えて応える。

「えっ?
 私はその」
「うふふ、近藤様。
 どなたかおわかりになりませんか?」

 み、深雪ちゃん、なんて余計なことを。

「え、俺の知ってる子にこんな子いたかな〜?」

 こんなとか言うな。
 なんでもいいから、早く深雪ちゃんの方へ行ってください。

「近藤様もよ〜く知っていらっしゃるお方ですわよ」

 これ以上、近藤さんの興味を向けないで、深雪ちゃん。
 まあ、観念して顔をあげたら良いんだけど、いまいちこの姿をみられることに抵抗がある。

「…きみ、顔をあげてくれないかな?」

 イヤです、って言えたらいいのになぁ。
 なかなか顔をあげない私にシビレを切らし、両肩に近藤の手がかかる。

「う、うわ。
 ちょ、待ってください、近藤さん!!」

 素の声で叫んだら、近藤の手が止まった。
 絶対に、今のでバレた。
 だって、まさかって呟いてるし。

「葉桜、君…?」

 顔を合わせないように背けて身体を起こす。
 どう思っているかなんて考えたくもない。
 きっとすごく妙な格好になっているんだろうなぁ、今の私は。

「こうして座敷で見ると一層映えますわね、葉桜様」
「…冗談きっついよー深雪ちゃん」

 マジマジ見つめてくる近藤の遠慮無い視線が煩くて、顔が暑い。

「近藤さん。
 似合わないのはわかっているんで、これ以上見ないでください」

 袖で顔を隠すようにしても、その視線が動く様子はない。
 袖の影から深雪太夫を覗き見て、頼み込む。

「もういいでしょ、深雪ちゃん」
「うふふ、せっかくお着替えしたのですから、葉桜様もご一緒しませんか?」

 お披露目だけじゃなかったんですか。
 今日の深雪太夫はいつになく意地悪だ。
 いつもはこんな子じゃないのに。

「ねえ、いいでしょう。
 近藤様」

 答えが返ってこない様子に手を下げる。
 視線はこちらにあるけど、様子がヘンだ。

「近藤さん?」

 目の前で手を振ってみる。

「おーい、近藤さんってばー」

 目の前で手を打ち鳴らすと、ようやく正気づいてくれた。

「…あ、え、ああ。
 …何?」
「私、着替えて」

 葉桜の言葉を、強く深雪が遮る。

「このまま葉桜様もご一緒して、よろしいですか?」
「ああ、構わない、よ」

 その言葉を皮切りに、禿二人に両側から手を引かれて、座敷奥まで移動させられる。
 近藤が座る上座の右手には深雪太夫がいるので、その左手に据えられる。
 もうこうなったら自棄だ。

「近藤さん、そんなところにいないで、さっさとこっちに来てください」

 深雪ちゃんが怖いから。
 さっさと遮ってください。



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