幕末恋風記[本編11-]

□十四章# イベント(A)
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----14.5.2-土方の女

(土方)




 騒々しい声で目が覚めた。
 視界は暗いし、頭はズキズキと痛むし、吐き気はするし、一体なんなんだ。
 今日はたしか花君太夫と遊んでて、美味しいお茶と美味しい菓子でお腹いっぱいで眠くなって。
 で、気がついたらこうして両手両足を縛られているワケだ。

「むぅ…」
「気が付いたか」

 不満そうな葉桜に応える声はまったく聞いたことのない男の声だ。
 これは、花君太夫か店主に一服盛られたか。

「おまえ土方の女だそうだな」
「は?
 なにそれ?」
「隠さなくて良い。
 おまえが土方の女だということは、既に分かっているのだ」

 妙に確信的な言葉に首を傾げる。
 土方よりは近藤さんや永倉と出て歩くことの方が多いのに、どうして今さらそんな話が出てくるというのだ。

「まあ、ここで待っていれば土方が助けに来てくれるさ。
 もちろんやつの命の保証はしないがな…」

 どこか勘違いをしていそうな男を前に首を傾げる。

「あんたたち、土方に勝てると思ってるんだ?」

 その腕は葉桜も知るところだ。
 そして、葉桜自身も新選組内じゃ組長格の腕前だ。
 剣さえあれば、縛られてさえいなければ、この人数でも負ける気はしない。

「なんだと?」
「それに、土方が助けになんか来るはずないよ。
 あの人は仕事の鬼なんだ。
 こんな任務に関係のないことでわざわざ来るワケない」

 はっきりと言ってやると、わずかに眉を潜ませる男に畳みかけてやる。

「あの人は自分自身のことだって理に合わなければ切り捨てることだってできる人だ。
 それに、土方の足手まといになるくらいなら」

 心の奥底では助けに来てくれる気がしないでもないけれど、そのまえに抜け出すぐらいしておかなければと思う。

 それを遮るように剣先が閃いた。
 はらりと、胸のさらしも切り裂かれ、一筋の赤い線がつけられる。

「何のつもりだ」

 葉桜の問いに、彼は薄い笑いを零す。

「土方が逆上でもしてくれれば、俺たちにも勝機がでるだろう?」

 敵わないとわかっていての行動だと、そう言う彼らが憐れでならない。
 土方がこれぐらいで逆上するような男なら、新選組をまとめあげることなど出来はしない。
 女だろうが男だろうが、関係ない。
 使えない人間を残しておくようなら、新選組は這い上がれない。

「悪いことは言わない、さっさと去れ」
「…何?」
「土方がそれだけの男なら、とっくに私は見限っているよ」
「…うるさい女だ。
 黙らせておけ」

 苛立つ男ににやりと笑い返す。
 相手が逆上して、もう一度斬りかかってくるようなら、今度こそこの縄を斬らせてやる自信はある。

 しかし、そうなる前に他の浪士が喜びの声をあげる。

「ほう、案の定現れやがったぜ」

 闇の中から静かに姿を現す土方の姿に、葉桜は驚愕と共に恐怖した。
 土方はまだ死ぬ運命じゃない。
 だけど、こんな展開は予定していなかった。
 腕は信用しているけど、それでももしも死なれたら、絶対に後悔する。

「新選組副長、土方歳三だ」
「この、馬鹿副長…っ」

 聞こえないように悪態をつく。
 それを聞いていた先ほどまでの男が目を丸くする。

「本気で来ないと思っていたのか…?」
「ったりまえだ。
 こんなところに一人でノコノコ来られても、私は何も出来ないじゃないかっ」
「んなこたねーよ、ほら、こい」
「っ!
 ば、馬鹿!
 おまえら、本当に殺されるぞっ?」

 立ち上がらせられ、土方の見える位置に移動させられる。

「この女、よっぽど大事な女らしいな?」

 こちらを見る視線に怒りが混じるのが見える。
 こいつらはわかっていない。
 怒っているから、土方は本気で怖いのだ。

「ああ、大事だ」

 そうと見えないように振る舞っている土方だけど、でも、葉桜にはその怒りが側にいなくたって伝わってくる。
 空気は繋がっているのだから。

「指示通り俺一人で来てやったんだ。
 その女は放してやってくれ」
「よかろう。
 しかし、それは俺たちを倒してからにしてくれ」

 土方は死角から斬りかかってきた相手を、難なく斬り捨てる。
 彼から立ち上る怒りが見えたら、きっと炎のように揺れていることだろう。

「死にたいのならば、望み通り殺してやろう」

 強い怒りを含む声に顔を背けて目を閉じる。
 数秒もしないうちにすべてが終わり。
 頭から、土方の羽織が掛けられる。

「大丈夫か、葉桜」

 まず足の縄を斬り、それから手を解放してくれる。
 そして、胸の傷に気づいて手を止めた。

「あ…いつら…っ」
「斬られただけだ。
 何もされていない」
「だけってことはねぇだろ。
 傷が」
「今更ひとつ増えたところで関係ないよ」
「葉桜、おまえ…」

 胸元に羽織の端をかき合わせ、土方の視線から逃れる。
 こんなものがあっては、話も出来ない。
 私は、今とても怒っているんだ。

「土方」
「何だ?」

 縄でついた跡をさすってくれる手を払いのける。
 そうすると驚いたような顔を向かい合う。
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