幕末恋風記[本編11-]

□十四章# イベント(A)
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「どうして、来たんだ」
「何故、そんなことを聞く?」
「私は、当然見捨てられるものだと思っていたんだよっ」

 怒りは伝わるだろうか。

「…どういう意味だ」
「今回の状況からいって、自分の不注意で捕縛された隊士を新選組の副長がわざわざ一人で助けに来る必要はなかった」

 葉桜の新選組での立場は、古参とはいえただ沖田の留守を預かるだけの平隊士だ。
 幹部でもない自分を助ける理由はない。

「おまえは隊士であり、大切な仲間だ。
 仲間を助けに来るのは当然だろう。
 厳しい規律とは別の部分だ。
 理由なき粛正、人の命を軽く扱う人間に、戦う資格などない。
 違うか?」

 言っていることは正論だ。
 だけど、私がそれで納得しないことぐらいわかっているハズ。

「違わないけど、でも…」
「何だ?
 不満や疑問があるなら今のうちに言っておけ」
「以前の土方なら確実に見捨ててた」

 私の知っている土方なら、そうした。
 そんな必要はないといくら掛け合っても、聞いてくれなかった。

「あー、そ、そうか?
 その、俺の女に間違われたんだ。
 この場合、やはり俺が助けに行かなくてはならんと思って」
「でも、人数によっては土方まで危険な状況だったんだぞ」
「…一応、遠巻きに何人か人を配置してある。
 俺にもしものことがあれば、おまえを助けることができなくなってしまうからな」

 遠巻きに何人かなんてウソが私に通じるとでも思っているのだろうか。

「烝、本当のことを教えて」

 平静な声を投げると、すぐ側に山崎が音もなく現れる。

「なんで土方を止めなかった」

 鞘に入れたままの懐剣を山崎に突きつける。
 怒っているのがわかっているのだろう、山崎は抵抗なく話してくれた。

「一応、止めたわよ〜。
 だけど、トシちゃんが一人で行くって聞かないんだもの。
 アタシに止められると思う?」

 怒りを和らげようとしてくれてはいるんだろうけど、今はその言葉にも酷く腹が立つ。

「思わない。
 でも、腕ずくでもどうにかしてほしかったよ」
「だって、あのままにしておいたら葉桜ちゃん…」
「私は平気だ。
 慣れてる」
「葉桜…?」
「…慣れるもの?」

 懐剣を戻し、土方に向き直りつつ、山崎に続ける。

「烝、先に犯人の身元確認しといて。
 あと背後関係も。
 それから、土方と私に関する間違った噂も流れてるみたいだから、他とあわせて対応して」
「…その噂だけど」
「さっさと行く!」
「あぁら、機嫌悪いみたいね。
 トシちゃん、あとよろしく〜」

 逃げるが勝ちとさっさと山崎がいなくなってから、葉桜は大きく息をついた。

「…怒ってるワケじゃない。
 助けに来てくれたことは感謝してる。
 有難う。
 だけど、ごめん。
 今は許せない。
 自分も、土方もっ」

 最初に自分がつかまったりなどしなければ、土方が呼び出されることもなかった。
 不要な噂が広まらなければ、土方の女に間違われることもなかった。
 すべては自分の油断が原因だってことぐらい、わかってる。

 イライラとしている葉桜の隣を土方は歩く。
 心配そうな視線がイヤで足を早めたところで、それは土方にとって普通の早さで。

「あー!
 もうっ!」

 立ち止まって、少し叫んだらすっきりした。

「葉桜?」

 対応に困っている土方にようやく笑いかける余裕も出来た。

「それにしても、どうして私が土方さんの女なんて噂が流れているんでしょうね」

 意識して、元の言葉遣いに戻す。
 注意はされていないが、本人を目の前にして呼び捨てるなんてとんでもないことだ。
 公私はしっかり別にしておかなければ。

「ああ、そんな噂が広まるとはな。
 迷惑をかけてすま」
「女姿で近藤さんや永倉の女に間違われたことはありますけど、なんでまた」
「近藤さん、と新八もなのか…?」
「あの二人とは情報収集の帰りによく遭うんです。
 そうでなくても、今回ほど手際のいい相手でない馬鹿は寄ってきます」

 今回は他にも理由がありそうだけど、土方には言わないでおく。
 これ以上勝手をされたら、どうしたらいいかわからない。

「葉桜、俺はそんな報告は聞いていないぞ」
「必要ないでしょう?」

 情報収集として出たのに、近藤や永倉の女と間違われていることなんて、仕事には全く関わりがない。

「新選組として、私自身の問題は関わりがないことです」
「だから、これから先同じようなことがあっても、絶対に助けに来ないでくださいね」

 強く念を押したが、土方は頷かない。
 ただ、ため息をひとつ吐いて、呆れた声を出す。

「葉桜、おまえは自分が新選組にとってどれほど重要かわかっていないな」
「はぁ?」
「今の新選組は、近藤さんと葉桜のどちらが欠けてもダメなんだよ」
「…なにそれ」

 葉桜自身はやりたいように好き勝手やっているのに、どうしてそういうことになるのかさっぱりわからない。
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