幕末恋風記[本編11-]
□十四章# イベント(A)
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「私がいなくても、近藤さんがいなくても、土方さんがいるでしょう?」
「俺じゃダメだ。
何せ、鬼の副長、だからな」
肩をそっと抱き寄せる手が、寄せられる吐息が熱い。
「万一、おまえにもしものことがあったら、俺は…」
囁かれる言葉に、顔を上げる。
交わされる視線の意味は、わからない。
わかっちゃ、いけない気がする。
「えっ?」
「あ、いや、とにかくこれからは、あれしきのやつらに捕まるんじゃないぞ」
土方の胸に頭を引き寄せられたせいで、鼓動の音がどくどくと響いてくる。
普段なら安心できる心臓の音が、今はとても緊張する。
それとも、この音は自分のものなのだろうか。
「あまり心配をかけるな」
優しい声が降ってきて、ふわりと心に火が灯る。
温かさに包まれて、とても気持ちいい。
「…ごめんなさい」
まだまだ未熟な私は、皆に心配をかけてばかりだ。
「それと、来てくれてありがとうございます。
少しだけ、期待してました」
「…少しか?」
「少しですよ」
胸の内で苦笑混じりに囁くと、ささやかな振動が返ってきた。
頼りにしているようじゃ一人前になれない。
守るためには一人前にならなきゃいけないのに、いつまでたっても半人前で。
こんな風に心配されてばかり。
父様には心配されるのが私の仕事なんだから放っておけって言われたけれど、それでもやっぱり大切な人には私みたいな余計な心配を抱えていて欲しくないよ。
そんなに、価値のある人間じゃないんだから。
「俺も」
「うん?」
「俺も、もっと葉桜に頼られるぐらいにならねぇとな」
「頼りにしてるって言ってるんですけど?」
不思議そうに言うと、明るい笑い声が響いてきた。
普段はあまり声を上げて笑わない人だから、本当に吃驚した。
14.5.2# 〆
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