幕末恋風記[本編11-]

□十四章「墨染」# 本編
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 しんしんと、雪が降る。
 外は明るく、まだ日が高いことを告げている。
 それなのに、なんとはなしに目が覚めた。
 強く切なく想うのは、今そばに彼女がいないことだ。
 昨夜あれだけ話したのに、何故だか葉桜さんが消えてしまう予感のようなものがした。

 起き上がろうとすると、襖がそっと開けられ、冷たい空気が滑り込んでくる。

「眠っている分、余計に鋭くなるのかね」

 入ってきた葉桜さんは柔らかな含み笑いをしており、優しく僕を撫でる手はとても温かい。
 昨日までの張り詰めた様子はない。
 温もりに安堵して目を閉じると、彼女がほっとしているのが空気でわかった。

「私、ちょっと出掛けてくるけど、気をつけるんだよ」
「?」
「近藤さんを迎えに行かなきゃ」

 たしか、少し前に僕の所に来たときに二条城の会議に呼ばれているとかで、島田さんと馬で出掛けたはずだ。
 その時も一緒に行かせてほしいと葉桜さんは頼み込んでいたのだけれど、あっさりと断られてしまっていた。
 あれほどに葉桜さんが動くとき、それは何かが起こる前兆だ。
 彼女の突発的な行動にはすべてに意味がある。

 僕の視線に気がついた葉桜さんが、少し寂しげに笑う。

「ごめん、総司。
 話せないんだ。
 総司はまだ流れの中にいるから」
「流れ、ですかーー?」
「そう。
 いつか、お前には全てを話せると良いな」

 とても哀しそうに微笑んでいるので布団から手を伸ばして触れようとしたら、冷たい何かが手の甲に落ちてきた。
 葉桜さんは確かに笑っているのに、瞳から雫がはらはらとこぼれ落ちている。

「何が、哀しいんですか?」
「何も哀しいことなどありはしないよ。
 さぁ、もう行かないと」

 なんだかそのまま葉桜さんが消えてしまう気がして、必死で身体を起こした。
 昨夜のように走るのは今難しいが、多少動く程度の体力はある。
 剣も持てる。
 それらを少し前に葉桜さんは守り刀のおかげと笑っていた。

「葉桜、さんっ」
「くれぐれも気をつけて。
 先日のように無闇に敵と向かい合うなよ。
 総司はまだまだ安静が必要なんだからな」

 頭に乗せられる手はかすかに震えているのに、強く押さえつけられているわけでもないのに、僕は動くことが出来なかった。
 強く強く眠りに誘われる。
 葉桜さんの声は、とても、遠い。

「また直ぐに逢えるよ、総司」

 寂しい声は寂しいままに、消えていった。



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