幕末恋風記[本編11-]

□十四章「墨染」# 本編
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 起きて直ぐ涙が出ていることに気がついたけど、身体全体が重くて動かせなかった。
 そういえば、酷い怪我をしたりすると、時々こんな風に在る程度良くなるまで動けなることがある。
 新選組に来てからはおそらく初めてで、それだけ命に関わるほどの怪我だったということだ。
 良順に知られたら、最低一月は外に出してもらえないかもしれない。

「ふ…っ」

 笑いと共に涙が溢れてくる。
 生きていることを嘆きたいのか喜びたいのか、今はよくわからない。
 だけど、生きているからできることもある。

「葉桜君、気がついたのかい?」

 襖を開けて現れた近藤は白装束で、疲れた顔をしている。
 それでも、もう動けるほどには回復しているらしい。

「私、ずいぶんと休んでいたんですね」
「まあ、一週間ほどかな。
 具合はどうだい?」

 気遣って笑ってくれてるけど、その落胆の様が空気を震わせ伝わってくる。
 ああ、やっぱりとまた目元が熱くなってくる。

「近藤さん」
「どこか痛いかい?」

 枕元に膝をついて、目元を拭ってくれる大きな手は冷たい。
 もしかして、また布団を抜け出して考え事でもしていたのだろうか。

「守れなくて、ごめんなさい」

 手の震えが伝わってくる。
 今の近藤は、ひどく苦しそうな顔をしている。
 今動けたら、その辛さを全部受け止めてあげられるのに。
 そう思うと涙が溢れて止まらない。

 あの場所で会った理由ぐらいとうに気がついていることだろう。
 私が何故何のために苦手な馬に乗ってまで駆けつけたのか。

「何言ってんの。
 葉桜君のせいじゃないって」

 重い頭をわずかに振って否定する。

「俺のことは良いから、今は自分の身体を治すことを優先しなさい」

 責めてくれて良いのに。
 どうして報せてくれなかったのかとか、そんな風になじってくれた方がいいのに。
 そうしない近藤の優しさが、愛しくて、心が痛かった。

「ほら、もう泣かないで」
「近藤さんがいけないんですよ。
 あんまり、優しくしないでください…」

 目元を大きな手で覆われる。
 視界を遮られて、不安になる。

「俺は、情けないな。
 こんな状態の葉桜君に慰められるなんて」
「…近藤さん?」

 慰めるような言葉を言った覚えはない。
 何をどう解釈したらそういうことになるのかわからない。
 手に力を込めてみる。
 でも、身体の方は石の下敷きになって居るみたいに動かせそうにない。

「笑いかけないでくれ。
 俺は、酷いヤツなんだ。
 俺はあの時、葉桜君を受け止められなかった。
 自分のことに精一杯で、こんな怪我を負っている葉桜君を置いていってしまった。
 そんな俺に無理して笑うことなんか無いんだよ」

 いつも自信に満ちている近藤のらしくない言いぐさが哀しくて、涙が止まらない。

「無理なんかしてません。
 ねえ、近藤さん。
 顔、見せてください」
「駄目」
「お願いです」
「…駄目だよ。
 情けない俺を見られたくない」

 こんな状況でそんなことを言うものだから、本気で声を上げて笑ってしまった。

「くっ、はははははっ、今更何言ってんですか?
 そんなことよく知ってますよ」
「そこまで笑うことないだろ〜?」
「笑い所ですよ、今のは。
 だいたい情けなくない近藤さんなんて、私はそんなに多くは知りません」

 視界から手が取り除かれて、近藤の笑顔が見えたのは一瞬で、近藤の眉間に哀しい皺が寄る。

「本当に、どうしたら泣きやんでくれる?」

 近藤の言うように、どれだけ声を上げて笑っても溢れる涙が止まらない。
 流れて流れて、私が消えてしまうまで止まらないんじゃないかとさえ思えてくる。
 それは近藤も同じらしい。

「近藤さん、一緒に寝ませんか」

 思いついたのは子供の頃の話。
 父様や母様と一緒にいるとき、安心できる人が添い寝してくれると、どれだけ泣いてもすぐに眠くなったコトだ。
 眠ってしまえば、きっと涙も止まるだろう。

「…あの、葉桜君?」
「うん、それがいい。
 近藤さんって少し父様にも似てるから、きっと止まります」
「…いや、でも、それって」
「前に、一人で眠るより二人で寄り添う方がイイって聞きました。
 一人だと不安が大きくなるけど、二人だと支えられるから安心に変わるんだって。
 だから、」
「だからじゃなくて、その、」
「申し訳ないんですけど、今は指一本も動かせないんで、自分で入って来てください」
「そうじゃなくて!
 あの、この間のコト覚えてる?
 ーー君が太夫姿だった夜に」

 もちろん、覚えている。

「私たちは同じ目的を持った、仲間、です。
 それに、何もしないって言ったじゃないですか」

 ただの仲間だと強調する。
 自分と、近藤自身に言い聞かせるためだ。
 近藤は先ほど以上にとても情けない顔をしている。
 そして、ひとつ大きく息を吐くと、掛け布団の上から葉桜の隣に横たわった。
 葉桜の枕を外して、自分の腕をその下に滑り込ませる手際はとても良い。
 慣れているのだろう。

「近藤さんの腕、冷たくて気持ちいい」

 呑気なことを言っていたら頭を引き寄せられ、胸に押しつけられて、寝なさいと怒られた。
 近藤の心臓の音がどくどく聞こえて、その生きている音にとても安心して、葉桜はやっと穏やかな眠りについた。



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