幕末恋風記[本編17-]

□17.2.1-隊士訓練 (17章会話2)
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* * *(近藤視点)

 演習地の下見の帰り道に葉桜君から事情を聞き、やっと合点がいった。

「そんな話をしてたときに俺があっさりと一本とっちゃったわけだ。
 それはすまなかったねぇ〜」
「ホントですよ、もう。
 あれじゃ、今後の訓練にもひまつぶしにもならないじゃないですか」

 ぷりぷりと怒る様子はとても可愛らしく、繋ごうと伸ばした手は軽く交わされて、葉桜君はさっさと走っていってしまう。

「あーあ。
 これじゃ、稽古志願者が増えちゃって、大変になるなぁ〜」
「いや、それはないんじゃないかなぁ」

 実に嬉しそうなトコで申し訳ないとは思うけど、あの後残された俺は大いに同情された。
 ほとんどの隊士があの返り討ちに対応できない限りは襲うことなどできないだろう。
 分かっていれば、俺だってあんな無謀はしない。

 葉桜君自身がわかっていないけれど、剣術で勝てる者はこれまでも多かったが、柔術で彼女に敵う者を俺は見たことがない。
 俺自身の怪我が無くとも、本気で葉桜君が戦った時はどうだろう。
 彼女を殺す覚悟がなければ、俺は勝てないような気がする。

「ところで、一本とれたら相手してくれるってホント?」
「ええ。
 稽古の、相手をね」
「最初っからそう返すつもりだったのか〜」
「もちろんですよ。
 他に何の相手だと思ったんですか?」

 他も何も、普通はそんな風に言ったら、一夜のお相手みたいにとるものだと思うんだけどなぁ。

 そっと絡める手をぎゅっと握りかえされる自然な行動に、心が暖かくなる。

「俺が一晩一緒にいて欲しいって言ったらどうする?」

 一本取ったご褒美にと囁くと葉桜君は絡めていた手を外して、足を止めた。
 俺も自然と足が止まり、葉桜君を見つめる。
 葉桜君の耳が赤いのは夕陽のせいじゃないといい。

「何もしないなら」
「そんなの無理。
 だって、葉桜君は可愛いからね〜」

 いつもならこれで真っ赤になって照れながら怒るんだけど。

「じゃあダメです。
 だって……今は力が落ちたら困るんです」

 そんな困った顔して笑わないでよ。

「力がって……どうして?」
「だって、支えられなくなっちゃうから」
「何を?」

 大風が吹いて、彼女の声を遮る。
 変わらない淋しそうな笑顔はそのまま消えてしまいそうで。
 伸ばした手の先を葉桜君はひらりと逃げた。

「まあ、誤解解くためにもあんまり近藤さんに近づかない方がいいかなー?」
「俺は全然構わないんだけど」
「構ってください。
 奥さんとお嬢さんが悲しみます」
「……やっぱり君は卑怯だね」
「あはは、今頃気付いたんですか?」

 夕陽の中でひらひらと踊るように先を歩く葉桜君は、とても綺麗だ。
 だけど、それ以上に消えてしまいそうな儚さがあった。
 夕焼けに攫われて、どこかへ行ってしまいそうで。
 再び伸ばした手の先で、結局葉桜君を捕まえることは叶わなかった。



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