幕末恋風記[本編17-]

□17.2.1-隊士訓練 (17章会話2)
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 忙しい近藤と土方に代わり、新入隊士らの訓練を仕切るのは自然と葉桜の役目となった。
 もちろん、剣術の訓練というわけにはいかないので、行うのは近代戦対策としての銃剣の扱い方。
 それから、大砲の撃ち方だ。

 もともと飲み込みは早いほうだし、何より道場主としての力は多分にある葉桜である。

「弾が真っ直ぐに当たらない?
 そりゃ、おまえ、そのへっぴり腰じゃ当たるものも当たらないだろ」

 隊士らの質問にも面倒くさがらずに答える様子を以前の仲間たちが見たら、別人だというかもしれない。
 それほどに、毎日葉桜は大忙しだった。

「精が出るね、葉桜さん」
「ああ、島田さん」

 片手を上げて、近づいてきた相手に応える。
 島田もまた近藤についてきてくれる一人だ。
 あまり監察方としての仕事をする時間のない葉桜の代わりによく動いてくれている。

「何か急用か?」
「近藤さんと土方さんが演習地の下見に別々の場所へ行くんだけど、きみは近藤さんと土方さん、どちらについていく?」

 新入隊士も増え、現在の五反田新田では狭すぎるのが現状である。
 演習地を別に見繕ってもらえるのは有難いが。

「そうか。
 ……じゃあ、近藤さんについていくかな」

 辺りが急に静まりかえる。

「そうかい?
 じゃあ、わしは土方さんについていくよ」

 それを気にもせずに島田は去っていったのだが。

「やっぱり、そうなのか?」
「いや、だって見たってやつも……」
「でも、この葉桜さんがそんな……」

 不躾な囁きになんとなく当たりをつけ、額に手を当てて、あからさまにため息を吐いた。

「何か聞きたいことがあるなら、直接言え。
 こそこそねちねちした男は好かん」

 またも静まりかえる様子にため息をつく。

「……言っておくけど、下世話な想像してるなら覚悟しておけよ?
 夜中に叩き起こして、みっちり稽古つけてやる」
「け、稽古ですか?」
「おうよ。
 私の専門は剣術だから、それでもいいならいつでもかかってこい。
 一本とれたら、相手してやってもいいぜ」

 沸き立つ男達を前ににやにや笑っていると、以前からの隊士たちが呆れた声を出す。

「ああ。
 葉桜さん、ヒマなんだなぁ」
「一本取れる人なんて、今じゃ局長と副長ぐらいしかいない」
「何サボってんの、きみたち」

 急に現れた近藤に隊士たちは慌てて居住まいを正す。

「それに葉桜君も」
「はいはい。
 すぐに着替えてくるんで、ちょっと待ってくださいねー」

 笑いながら通り過ぎようとした葉桜の頭を、近藤が持っていた扇子で軽く叩いた。
 あ、と隊士一同で声を上げる。
 葉桜も立ち止まって、自分の頭に手をやる。

「こ、ここ、こここ」
「あれ?
 どうしたの?」
「どうしたじゃありませんよっ!
 女性の頭を軽々しく叩かないでくださいっ」

 ドスッという鋭い音と元に近藤の鳩尾へ拳を叩きこみ、顔を紅くした葉桜が駆け去った。
 残されたのは苦悶の表情で腹を押さえた近藤と、哀れみと蒼白の視線を向けている隊士たちだけだった。



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