幕末恋風記[本編17-]

□17.4.1-気がつけば… (土方)
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 新選組で鬼の副長と呼ばれたその人を知らない隊士の方が珍しい昨今、専ら土方に茶や食事を運ぶのは葉桜か島田の役目である。
 といっても、島田は監察方で飛び回っているので、必然的にそれは屯所で訓練を指揮する葉桜の役目となっていた。

「そーんなに怖いかー?」
「怖いですよ。
 あの人を怖くないなんていうのは、葉桜さんと島田さんぐらいです!」
「たんに眉間に皺寄せる癖が付いてるだけだぞ、あれは」
「それでも、怖いですって。
 いいから、それ早く持っていってください」

 そんな風に急かされながら、大抵葉桜はお茶を持っていく。

「土方さん、お茶をお持ちしました」

 声をかけるが返事はない。
 珍しく、居眠りでもしているのだろうか。
 そう考えて、こっそりと障子を開ける。

「失礼します」

 開けてから、軽く落胆する。
 期待に反して、土方は起きていた。
 何かを読むでなく、手紙を書くでなく。
 かといって、俳句帳がないところを見ると、句を捻っているワケでもなさそうだ。

「土方さん、どうかしたんですか?」

 お茶を起き、そっと近寄ってみる。

「とうとう……とうとう試衛館からの仲間は俺と近藤さんだけになっちまった」

 正面に回ろうとして、留まる。
 それは初めて聞く土方の本音だと気がついたから。

「みんな、もういない。
 あんなに大勢いたってのにな」

 それはほんの二、三年前の話だ。
 葉桜が入った頃は皆、夢を持って懸命に生きていた。
 まだ、笑っていられたあの頃。

 何度も考えた。
 別の道はないのか、何度だって考えて動いてきた。
 後悔がないと言えばウソだ。
 いつだって、後悔はあった。
 だけど、前を見ていなければならなかった。
 今生きている人の方が大切だから。

 自分だって何もかもぶちまけて逃げてしまいたい時がある。
 土方にだって、ただ弱音を吐きたい時はある。
 だったらそんなとき、自分にできることは、黙って気の済むまで話をさせてあげること。
 それだけだ。

「京を目指した時には、みんな青臭いくらいの夢で盛り上がっていた。
 成功する保証もなかったってのに……。
 貧乏で、何も持っちゃいなかった。
 ただ夢と剣だけがあったあの頃のことばかり思い出す」

 最初は、ただ目的だけだった。
 あの紙にあるとおりに起こるという出来事を止めたかった。
 全然知らない人たちだったけど、それでも目の前に明確にされている死の刻限だけは防ぎたかった。
 たとえそれでいくつかの歴史が変わってしまったとしても、それも全部防ぐつもりだった。

 だけど、そんな目的がなかったとしてもいつか自分達は出会っただろう。
 自分がただ黙ってこの時代を見ているだけとは思えない。

「あの頃とは、みんな変わっちまった。
 死んじまった人もいる。
 あの頃の俺は、今の俺を見て幸せだと思うんだろうか」

 土方の言葉は時折、葉桜を吃驚させる。
 昔の自分が今の自分を見たときのこと何て、考えたこともなかった。
 ただ毎日全力で生きるしか無くて……いや、違う。
 過去の自分が、怖い。

 芹沢と出会った頃の自分なら、何やってんだって、呆れるだろう。
 父様と出会った頃の自分なら、きっと不思議そうにするだろう。
 ああ、それでも幸せだというだろうか。
 必要とされる未来をうらやむのだろうか。
 わかるのは父様だったら、何も言わずに葉桜の頭をぐしゃぐしゃと撫でるだけだろうということだ。
 幸せかどうかを決めるのは、今の自分だ。
 過去の自分でも、まして自分以外の誰かじゃない。

「つまらんことを聞かせちまったな。
 今言ったことは忘れてくれ。
 すまなかった」

 無理をして笑っている土方を見ていられなくて、思わず手を取っていた。

「土方さん……」

 聞こうと思ったけど、言えなくて。
 葉桜はそっと手を離して、部屋を去った。



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