幕末恋風記[本編17-]

□17.5.1-そばにいる限り (土方)
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「そ……そんなにほめられたら照れちゃいますよ。
 私がもっともっと効率よく教えられる人材だったら、もっと役に立てましたし。
 人数が少ないからこそ、余計にそう考えます」
「おまえは精一杯、いや、それ以上に働いてくれている。
 おまえがそばにいてくれたからこそ、俺は誇りを失わずに戦っていけるのかもしれない」

 土方にしては珍しいことの連続だ。

「何言ってるんです。
 土方さんはいつも誇り高く戦っているじゃないですか。
 私がいようがいまいが獅子奮迅の戦いぶりですよ」

 もしも自分が今この時の新選組にいなかったとしても、きっとこの人は変わらないだろう。
 決して逃げない人だと思うから、だからこそ葉桜は心配なのだ。
 決して逃げない人だから、きっとこの時代の終わりに進んで巻き込まれてゆくだろう。

「俺にだって逃げ出したくなるような瞬間は存在するさ。
 伏見での戦い以降は、四面楚歌の戦い続きだからな。
 多分、これからもっと、状況は悪くなっていくだろう」
「俺は自分で剣を振ることも少なくなっちまって、今はもうただの指揮官のようなもんだ。
 俺がひとつ指示を間違えれば、部隊がたちまち全滅の危機に陥ることだってある。
 毎日が緊張の連続だ」

 それでも、逃げることをしないから。
 だから、今まで隊士たちがついてきたのだ。
 ついてこれたのだ。

「だけどな、葉桜。
 俺は決して恥じることのない戦いを続けていくつもりだ。
 そして、」

 まっすぐに見つめられる視線で、確信する。
 言わないでと願ってももうダメだろう。
 だから、まっすぐにそれを受け止める。

「誰にも恥じない自分であるためには、決して恥じるべき姿を見せたくない相手がいなくてはならない。
 俺は、誰よりも己が惚れた女に無様な姿を見せたくはないのさ」

 自惚れではないのだろう。
 最初から、この人はずっと葉桜の隠す弱さを見抜いてきたのだから。

「だから俺はおまえがそばにいる限り、無様な姿を見せたくない一心で強い心を持ち続けることができる。
 おまえがそばにいる限り、な。
 男とはそういうものだ」

 心地よい波に飲み込まれる。
 それは、自分の欲しかったものなのかどうか、わからない。
 ただ一緒に居るんじゃなくて、必要としてくれる。
 こんな、こんな言葉を土方にかけてもらえるなんて、思ってもみなかった。

「大の男にこれだけの覚悟をさせられるんだ。
 おまえってやつは本当にたいした女さ」

 包み込まれる空気が歓喜の歌を歌っている。

「土方……」

 引き寄せられるままに体を預け、両目を閉じる。
 土方が、こんなに近くにいる。
 さっき塗った薬の匂いが分かるくらい。
 今までもこうされたことはあったけれど、今はすごく近くに感じる。
 とても、心が触れ合っているのを感じる心地よさ。
 他の誰ともそれは違っていて、落ち着く反面でとても落ち着かない。
 そんな不安定な心地よさだ。

 触れられたくない、だけど気がついて欲しい。
 そんな自分の弱さを包み込んでくれる土方に惹かれるのは必然のような気もしてくる。

「葉桜、もうしばらく俺のそばにいてくれ」

 だからこそ、一緒にいてはいけない。
 このままともにいてもすべてを隠し通す自信がないし、何よりも進んで巻き込まれてしまうと容易に想像できてしまうことが怖い。
 巻き込まれた先にあるのは確実な死だからだ。

「俺の命運が果てるまででもいい。
 俺のそばにいてくれ」

 土方の名前も、あの紙にはまだ残っている。
 最後まで、彼の名前は消えない。
 逃げない人だから、幕府がこのまま滅んでしまっても、きっと死ぬまで戦い続けることだろう。
 だから、まだ自分には居る理由があると心を偽る。

「私は、土方のそばにいるよ。
 どこにも行くはずないじゃないか」

 彼の運命を変えるまでは自分の道は新選組と……土方とともにある。
 微笑んだ葉桜の頭を引き寄せ、土方は軽く触れた。
 小さく聞こえた有難うの声は、わずかに震えていた。



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