幕末恋風記[本編17-]
□17.5.1-そばにいる限り (土方)
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松本の医学所を出て以来、新選組隊士たちの簡単な治療は葉桜の対応となっていた。
山崎ほどの器用さはないが、的確な応急処置は松本良順も一目置くほどである。
当然、怪我の多い隊士たちの治療も葉桜の役目となっていた。
「土方さん、そのまま動かないでくださいね」
「ああ」
ここ最近、みんな激しい戦い続きで五体満足な人がいないくらいとなっている。
もちろん、経験の少ない隊士ほどケガをしやすいのは事実だけど、古参の人だって厳しいのは同じだ。
銃や大砲の進歩で、戦争が様変わりしてしまった。
それにしても、この頃の自分って本当に他人の応急処置が上手になった。
必要に迫られて、だけど。
最近は銃弾を受けた人たちの手当てもしてるから、そのうちこれを本業にできるかもって思うくらいだ。
いや、するつもりは全然ないけどね。
今の葉桜を見たら、山崎は何というかな。
そんなことを考えてきたら自然と笑みが浮かんできた。
「じゃ、結びますから」
「ああ、すまないな」
「いいえ、お安い御用です」
土方の治療を終え、軽くぽんと包帯の上から叩く。
土方の怪我は大したものは少ないから、これぐらいで動揺などしないだろう。
治療のために崩していた着物を正して、土方が向き直る。
「この後は新入りの隊士たちに講義をするんだが、おまえにもある程度分担してもらいたい。
戦いの勝手も分からん新入りたちでも、何とか戦えるところにまで仕込まねば、どうにもならんからな。
突貫育成なのはこの際仕方がない」
「そうですね。
分かりました」
葉桜も今まで何度か戦闘についての講義をしたことがある。
やっぱり実戦経験のない人たちをちゃんと戦わせるためには、口頭での講義も必要だ。
局長の近藤が戦えず、しかも古参隊士がほとんどいなくなってしまった今、何とか戦いに耐えられる人員を育成するのが最重要課題だ。
こういうとき、道場主であった経験は少なからず役に立っているようで、複雑な気分になる。
絶対に教えてやるつもりはないが、真面目に教えている今の自分の姿を郷里の者たちが見たら、きっと驚くことだろう。
「とりあえず、今は白兵戦よりも銃火器の取り扱いから仕込むのを優先した方がいいでしょう。
その方が経験の少ない人を生かす最良の方法だと思います。
剣に関しては、みんなまだまだ未熟なものですから」
「そうだな。
剣や格闘を憶えさせるのには時間がかかる。
それしかないだろうな……」
遠くを見やる土方はたぶん同じコトを考えている。
だから、先じて続けた。
「本当は一から剣を教えられればいいんですが……。
今は、少しずつ銃に触れさせて、ならしている段階です。
実弾を撃たせて教えてあげたいけど」
どれだけの講義をしてもどれだけの鍛錬を積んでも、実戦経験には敵わない。
だから、せめて実弾を撃たせたいけれど、それさえも現状では叶わない。
「それも満足にできなくて……とても歯がゆいです」
足りない、と思う。
どれだけの鍛錬をしても彼らの経験は乏しく、これからの戦場を生き抜けるかどうかはもう運だとしか言えない。
それが、哀しい。
自身の及ばぬ力を悔やんで膝の上の拳を握りしめる葉桜を、不意に土方が笑った。
それは馬鹿にするようなものではなく、どこか柔らかい。
「歴戦の兵になったもんだな、おまえも」
対して、葉桜もいつものように笑い返す。
「ホント、こんなの私のガラじゃないですよ。
指揮能力に関しちゃ、私はからっきしで。
みんなに及びもつかない」
もともとが一人でやってきたようなものなのだ。
協調性なんてものはほとんど持ち合わせていない上、頭を使うということに関してはとことん弱い葉桜である。
仕切る能力なんて皆無に等しい。
「及びもつかなかった仲間のほとんどはもういない」
土方の言にわずかに顔を強ばらせる。
たしかにその通りだ。
苦手だ何だのと言っている状況じゃない。
その葉桜の様子に気がついていないのか、土方は微笑んだまま続けた。
「何はともあれ戦いを生き延びたことが最大の経験だ。
よくも男所帯の新選組で脱落せずについてきてくれた。
それだけでも十分、賞賛に値する」
珍しい。
土方が褒めるのなんて初めて聞いた。