幕末恋風記[本編17-]

□21.1.2-昇華の儀 (二十一章本編)
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「ウソばっカり。
 こんな世界、壊れちゃえばいいと思っていたデしょ?」

 自分の中から出てきたモノはよくしゃべる。
 ちょっとおしゃべりが過ぎるくらいだ。

「以前の私なら、そうかもしれない」

 本当は全部わかっているくせに、否定的な自分を見せつけようとする。

「わかってるんだろう?」

 苦しい息を殺して、笑いかける。
 それは、自分だから。

「今はこの命を賭けて、世界を護りたいと願っていることを」

 不快そうにそれが眉を顰める。

「ウソばっかリ。
 私を倒せば自分も死ぬんダよ?」
「そんなのやって見なきゃわからない」

 打ちかかってくる剣戟を身を揺らがせて避ける。
 自分の太刀筋ぐらい、簡単に読める。

「死ななくても待っているのはもう人の道じゃないンだよ?」
「覚悟の上よ」

 避けきれないそれを刀で受ける。
 その一撃は軽そうに見えても、腕を軽く痺れさせるぐらいの威力はある。

「本当にウソばッかり。
 一人で生き続ける覚悟なんて持ってないノに」
「く……っ」

 自分から出たモノだから技も力も互角だが、疲れている分だけこちらに不利だ。
 そうとわかっていて具現化したのだが、本当に勝てるのだろうか。

「……葉桜さんが、二人……!?」

 動揺した声に思わず顔を向けていた。
 どうして、今ここに彼がいるのか。
 隙をついて墜ちてくる剣戟を交わしきれずに、肩に深く突き刺さる。
 それが口端を引き上げて、邪に笑う。

「世界を壊す覚悟をさせてアげる」
「っ!
 逃げろ、総司!!」

 身を離して、それが自分を踏み台にして、空を駆ける。
 間に合って欲しいと願いながら走り出そうとした身体が、しかし力を無くしてその場を転がった。

 視界の先に見える沖田は逃げることなく、その場で刀を構える。
 抜いた様子はないが、普通の人間ではあれの剣を受けることはできないだろう。

「総司!!」

 遠目に彼が微笑んだのが見えた。
 普通の剣であれはとらえられない。
 姿が透けているということからしてもいい証拠だ。
 わからないような馬鹿じゃないはずなのに、彼は逃げない。
 振り下ろされる剣の前で沖田が腰を落とし、かつてもっとも得意としていた三段突きを繰り出す。

 刀はたしかにあれを突き抜け、斬り裂き、霧散する。
 普通では触れることなどないのに何故、と思っていると頭に軽く霞みがかかり、賢明に形を取り戻そうとしている様子が見て取れて、安堵した。
 やはり、自分でなければあれはどうにも出来ないようだ。
 そうでなくとも、他の誰にも彼女を殺させるわけにはいかない。

 駆け寄ってきた沖田が葉桜をそっと抱き起こす。

「無茶は大概にしてくださいよ、葉桜さん」

 大人びた声音になっているけど、それは確かに沖田だ。
 いったい、どれだけの成長を遂げれば、あれを倒せるほどに強くなれるというのか。
 剣の天才を通り越して、もうそれは剣聖といってもいい。

「本当に、傷はすべて消えてしまっているんですね。
 ……僕のつけてしまった傷も消えてしまったんですね」

 ため息が身体にかかる。
 大切そうに抱きしめる手は以前よりも柔らかく、温かい。

「あれがなんなのかわかりませんけど、もう一度なんて馬鹿な考えは捨ててください。
 葉桜さんにあれは倒せないでしょう?」

 酷い言葉を吐きながら、頬をそっと撫でる手からも優しさが伝わってくる。

「間に合ったから良かったものを」
「……避けろ、馬鹿総司」

 影の剣が落ちる前に沖田は葉桜を抱えて、一間を飛びずさった。

「あれはなんですか?」
「影だよ、私の」

 身体を起こそうとするが、そこは沖田だ。
 容易にそうさせてくれない。

「無理しないでください。
 そんなに疲れ切っていては勝てませんよ」
「私は巫女だと言っただろう。
 剣で戦う巫女だ、と。
 あれは私が作ったモノだ。
 倒すことで、ひとつの役目が終わる」
「……それで、葉桜さんに倒せるんですか?」

 呆れたような声に笑う。
 どう考えてもこの腕から抜け出せないような状態で勝てるわけがない。

「私じゃなきゃ倒せないんだ。
 総司が何をしたのかわからないが、昇華できるのは私だけだからな」

 仕方ないなぁと、沖田は葉桜を腕から降ろし、腰を抱いて支える。

「ならば、共に」
「……頼む」
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