幕末恋風記[本編17-]
□21.1.2-昇華の儀 (二十一章本編)
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空はよく晴れ渡り、これから戦があるなんて嘘みたいに綺麗な空だった。
葉桜はずっと、この空が大嫌いだった。
こんなに良い天気なのに、戦って散ってゆく者たちがいることがどうしても許せなかった。
大切なものを奪ってゆくこの世界が大嫌いで、大切だと心から想える人たちと出会えたこの世界が愛しくて堪らない。
だから、願う。
愛しい人がこの世界に望まれて、生き残ることが出来るように、と。
願いを込めて、観客の誰もいない平原で片手に剣を、片手に鉄扇を持って、舞う。
世界の流れを身体中で感じながら、それをゆるりと変えてゆく。
それが、本来の影巫女の力だ。
人でなくなりかけているこのときになってやっと、わかった。
最初からこれを出来ていれば、武器をなんて持つ必要はなかった。
だけど、できなかったから自分は剣を取り、たくさんの人たちに出会えた。
後悔なんてひとつもなくて、ただ願いだけを胸に世界の流れをたゆたう。
揺らぎを掴んで、流れをゆるりと変えてゆく。
風を掴んでいるようで、そうじゃない。
ただ、世界を感じて、流れを感じて、願いを滑り込ませる。
争いのない世界は望まない。
そんなものはないとわかっているから。
生きている限り、人々は争い続ける。
それは悪いことだけじゃなく、良いものもある。
必要な争いだって、ある。
だから、望まない。
ただ、願う。
大切な人たちが望んで生きられる、世界を。
世界の流れに抗うことは容易ではない。
流れに翻弄されるように舞いながら、ゆるりゆるりと命を世界に零してゆく。
そうして、それを代償に影巫女たちはこの世界を守ってきたのだ。
業の流れを人の中に残さぬように、ゆるりとくゆらせる指先、髪の一筋までも世界の中において、変えてゆく。
この国の巫女だけに与えられた、神代からある特異な力。
世界を変える、ただ一つの技。
良く晴れた雲一つない快晴の空の下で最後の舞を捧げる相手は、世界だ。
全てが始まる前にと夜明け前から舞い始めて、もうどれほどの時が過ぎたかわからない。
力が吸い取られてゆく感覚とは別に内から湧きいでる暗い力を前にどちらともとれない旋律が身体中を痺れさせている。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
がくりと一度舞を止めて、息を吐く。
目の前には、自分と同じ姿のモノがいる。
それが新選組で駆け回っていた頃の葉桜と同じ姿で刀を構えて、楽しそうに笑っている代わりに、今の葉桜の手元には鉄扇しかない。
刀を持つ彼女の姿は透けて見えるから人間ではない。
これは、葉桜が身の内から具現化した業だ。
姿を持てるほどの強い力なんて、今までに対峙したことはないし、ここまで気力を吸い取られるようなこともなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
自分の荒い息遣いが煩い。
無理矢理に呼吸を整えて、鉄扇を構える。
得物は違えど、それはいつもの無限の構えだ。
そして、相手も同じように構える。
違いといえば、武器と葉桜本人よりも余裕があるということだ。
「逃げてもいいンだよ?」
それは葉桜の姿で楽しそうに言った。
「誰も責めなイし、第一こんなことやったって無意味だってわかってるじゃナい」
「うるさい」
影の分際で、意見してくる。
業の取っている形は、葉桜自身の心だ。
「どうしたって時は移ろい流れてゆクし、人の中の業は消えナい。
ソう、わかっているんでシょう?」
わかっているから、苛立つ。
地を蹴る葉桜とそう変わらずに飛んで、互いの武器が交わり、澄んだ高い音色を響かせる。
「妖となってまで残る価値なンて、この世界にないことぐラい」
「うるさいよ。
世界の価値なんて、私が決めることじゃない」
「どんなに頑張ったッて、誰も残らなイよ。
そんな世界に生きる意味はアる?」
一瞬だけ反応の遅れた葉桜は剣風に吹き飛ばされ、地に墜ちた。
受け身を取り損ねて、疲れた身体が悲鳴を上げる。
その葉桜に、それが言葉を繋げながら近づいてくる。
「世界はあなたの自由にでキる。
その力をもっているじゃナい」
「力があるとかないとか、そうじゃないよ。
世界は一人一人の願いで支えられているんだ」
鉄扇を支えに身体を起こし、立ち上がる。
「私個人がどうこうするようなものじゃないし、変えたいとも願ってない」