幕末恋風記[番外]
□髪結い
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それはほんのちょっとした日常だった。
たしかに昔から気をつけろとか言われるけど、戦闘中に自分の身を案じているなんてコトは全然なくて、いつだって私は人のことで手一杯だ。
怪我をした隊士を抱えて戻ってきた私を見た誰も彼もの反応は皆一緒で、人のことを指さして、あんぐりと口を開けて、池の鯉みたいにパクパクと口を開けたりして。
それでいて、私の目の前では何一つ言わない。
だから、放っておこうと思ったんだけど。
そうはいかないらしい。
「葉桜君が大怪我したって!?」
今日は久々の休みだから島原で遊んでくるとか言ってた近藤は、土方に報告をしていた私の目の前にいきなり現れた。
「怪我なんてそんな。
ちょっと髪が切れただけで」
そう。
たった一房切れただけの話なのだ。
戦いの最中に髪の先まで気を配っている余裕なんかないし、ましてや今日一緒にいたのはつい数日前に入ったばかりの新入隊士である。
血気盛んなのは結構なのだが、如何せん、腕がついてきていない。
一人で特攻してしまった彼を助けて剣を振るっている間は良かったのだが、終わった後で私を見た一人の隊士が顔を青くして、私を指さして。
「あ、ああぁっ!!」
「あ?」
「か、かかか」
「か……ああ、斬れたのか」
まとめている髪をそのまま前に持ってきて、不揃いなったほうに合わせようとした瞬間。
隊士全員に止められた。
「ちょっ、待ってください!」
「何するつもりなんですか!?」
「バラバラなのは気になるから、ここでざっくりいったほうが良いだろう?」
「ば……馬鹿なこと言わないでください!」
「おまえ、上役に向かって「馬鹿」はないだろう?」
「申し訳ありません!
ですが、今すぐ斬るというのは待ってください。
せめて、屯所に戻ってからちゃんと髪結いの方に来てもらって」
「えーめんどー……」
それで隊士たちに宥めすかされ泣き落とされて、結局そのまま戻ってきてしまったわけだ。
近藤さんはどかどかと私に近づいてくると、私の髪を手に取るなり、その場に崩れた。
「あぁぁ、かなり斬られちゃってるよ〜」
私としては別に髪が切れるコトなんてなんとも思っていない。
髪が切れたところで力が衰えるわけでもないし、もちろん当然のように剣を振るうのに支障もない。
だから、見た目さえなんとかすればどうってことのないはずだ。
「流石に今回は切り揃えた方が良いと思うんですよ。
ついでにもっと……鈴花ちゃんぐらい短くても支障ないかなぁ〜なんて考えて……って」
言った途端に両肩を掴んで激しく揺さぶられた。
「葉桜君、気を確かに!」
「わわわっ、揺らすな〜ぁぁ!」
加減を考えない馬鹿局長を足蹴にして、即座に土方の後ろへと避難する。
「ちょっとどうにかしてくださいよ、土方さんっ!
なんでまた髪を揃えるだけでそこまで言われなきゃなんないんですかっ?」
自分の髪をどうしようと、自分の勝手でしょう?と問いかけると、今度は土方に肩を押さえられる。
「……すまねぇ」
「は?」
「おまえがそこまで自分見失うほど傷ついていたとは気づかなかった」
「あの、土方……?」
見上げた土方の顔を見て、思いっきり呆れた。
なんでそこまで傷ついた顔されなきゃなんないんですかー?
別に髪ぐらいどってことないと思うワケよ。
だってさ、剣を振るう以上長い髪が邪魔なのは明らかだし、斬れたってしかたないとわかってるし。
それに女姿になること何て滅多にないんだから、いっそ短い方が楽なんじゃないかって考えて当然じゃない。
それを本人の気持ちお構いなしに、心配されても迷惑なだけだってーの。
目の前で騒いでいる近藤や土方を見ていたら、なんだか面倒になってきて。
私は懐の懐剣を抜いた。
流れる動作のままに、それを髪にあてる。
「わー!
葉桜君、何してるの!!」
「早まった真似をするな、葉桜!」
外野がぎゃあぎゃあ煩いをの、目を閉じて遮断する。
いっそ目の前で一気に斬ってやったほうが諦めてくれるかも。
「だだ駄目!」
「今、髪結いを呼んでいるんだ。
それぐらい待」
手を出せない二人はともかく。
私の手はそこから動かせなくなった。
ああ、一番厄介なのが来たのが気配でわかる。
「……来る前に、終わらせたかった……っ」
私の手から即座に懐剣を抜き取り、抱きしめつつ、自分の髪を手にして呟いているのは山崎である。