幕末恋風記[番外]

□相談者
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 闇の中に、ひたりひたりと気配が忍び寄る。
 ひたり、ひたり、と。
 それを嗅ぎつけて、葉桜は一度布団に潜り込み、次には思い直したように起き上がった。

 傍らの灯籠に火を入れて、障子に浮かび上がる黒い影に問いかける。

「今夜は一体誰で何の用?
 私、明日は死番なんだけど」

 恐ろしい鬼のように大きく見えるその影が、ガタリと動揺の音を立てる。
 ホンモノの鬼ならば、どうして動揺することがあるだろう。
 つまり、これは隊士の誰かがこりもせずにやってきたのだろう。

 灯籠の弱い光にゆらゆらゆれる大きな影が、障子の前に立った。
 それでも踏ん切りがつかないのか、開ける様子はない。
 そこまで気弱なヤツがこの新選組にいただろうかと考えかけ、やめる。
 誰だって、時には心が弱くなるときがあるというものだ。
 だから、聞かない。

「話したいなら勝手に話して。
 ――聞いててやるから」

 言葉自体は投げているようで、その実はとても優しい響きで満ちているから。
 たったそれだけで、相手は心の絆されてしまうほどに温かいから。

 ひとしきり彼の話を聞いた後、彼もまた寂しそうな笑いと共に零していなくなった。

『――敵わないなぁ、葉桜さんには』

 たった一度でも想いを伝えたかったのは本当だけれど、それ以上に己の弱さを零せる相手が欲しかったのだと。
 常には人斬りだ鬼だと騒がれる猛者であっても、結局は人間なのだ。
 弱さがないわけがない。

 灯籠を消して、もう一度寝床に横になろうとして、今度は自分の足で立って、廊下へ顔を出す。
 姿は見えないが、確かに自分が姿を現した瞬間に動揺があちこちから伝わってくる。

「今夜はもう店終い。
 おやすみ〜」

 ぱたん、と。
 障子を閉じて、今度こそ布団に横になり、気配が完全に無くなる頃にはすぅすぅと穏やかな寝息が部屋に響いていた。

* * *
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