幕末恋風記[番外]
□ただ逢いたくて…
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いつものようにふらりと町を歩き、ふと立ち止まり、振り返る。
雑踏に覚えのある香り。
(そんなはずは)
自分を否定し、再び歩き出す。
しかし数歩先で踵を返してしまった。
夢を求めるように。
幻を願うように。
微かとなった香りを追いかけて、その場所へ辿り着いた。
(そんなはずは)
あるはずのない。
いるはずもない。
わかっているのに。
「なにしちゅう?」
知人が背後から問いかけてくる声で我に返り、拳を握りしめ、唇を強くかんで、逃げ出した。
(そんなはずは)
一目散に屯所へ戻り、布団を被って、我が身を強く抱きしめる。
(そんなはずない)
己を捕らえていたのは恐怖でなく。
逢いたいとただ希う、
恋慕の情。